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【中国経済論談】
【中国経済論談】
国際競争力は産業集積にあり〜北京亦荘開発区の示唆

中国ビジネス研究所代表、多摩大学大学院フェロー 沈 才彬

先月、筆者は中国で集積回路の産業集積が最も進んでいる町・北京市亦荘(えきそう)経済技術区を訪れた。訪問を通じて得た示唆は2つある。

1つ目は国際競争力が産業集積にあること。

2つ目は産業集積を進めるには政府の役割が不可欠である。

●きっかけは華為5Gスマホの新発売

 今回の北京市亦荘経済技術区訪問のきっかけは、高速通信規格「5G」に対応できる華為スマホMate 60 Proの新発売である。

今年8月、華為は予告なしに5Gスマホの新機種Mate 60 Proを発売した。Mate 60 Proは中国通信機器分野の最新技術を集約し、米国による華為制裁と封鎖を打ち破り、通信業界を驚かせた。発売すると、中国で絶大の人気を集め、華為ファンの人たちを熱狂させた。

新発売のMate 60 Proは3年前に発売されたMate 40 Proと比較すれば、部品構造に何が変わったか? 日米欧の調査機関はそれぞれMate 60 Proを分解し、分析の結果を発表した。

これらの分析結果を総合すれば、新機種の部品(件数)の約9割が中国製であり、そして複数のコア部品サプライヤーが北京亦荘にあることが分かった。筆者はその分解・分析結果に大変興味があり、北京市亦荘経済技術開発区の訪問を決めたのである。

●中芯国際の最先端生産ラインが北京亦荘にあり

 「日本経済新聞」2023年11月14日朝刊記事によれば、3年前のMate 40 Proと比べれば、Mate 60 Proのサプライヤーの主な変化は次の4つである。

@ メイン半導体 設計は華為の子会社・海思半導体(ハイシリコン)で前と変わらないが、委託製造先は台湾積体電路(TSMC)から中国の中芯国際集成電路(SMIC)に変わった。

A 有機ELディスプレイ サプライヤーは韓国のLGから中国の京東方科技集団(BOE)に変更した。

B タッチパネル関連 米国製から中国製に変わった。

C カメラのメインセンサー サプライヤーは日本のソニーから韓国のサムスンに変わった。

     上記4項目のうち、高速通信規格「5G」に対応できるMate 60 Pro発売の決め手は、やはりメイン半導体サプライヤーの変更だ。

周知の通り、2020年発売Mate 40 Proのメイン半導体に使われた5ナノ世代チップはファーウェイ子会社の海思半導体(ハイシリコン)が設計したものの、生産は台湾のTSMCに委託した。しかし、米国の華為制裁強化によって、TSMCは華為に対し高速通信規格5Gに対応できる半導体の輸出が出来なくなった。そのため、華為は5Gスマホが製造できず、その悪影響が絶大だ。

ところが、今年8月に発売された5G対応のMate 60 Proのメイン半導体には中国メーカーSMICの7ナノ世代品が使われている。言い換えれば、台湾や韓国、米国の大手にしか作れないメイン半導体は、中国勢によって作られた。これは米国にとってショックであり、華為制裁の失敗を意味する。 レモンド米商務長官もショックを隠さず、12月11日に中国における半導体製造の最近の飛躍的前進に関し、「極めて憂慮すべきものだ」と認めた。

このMate 60 Proにメイン半導体を提供するSMICの最先端生産ラインは、まさに北京亦荘に構えられている。そしてMate 60 Proに使われる有機ELディスプレイのサプライヤー京東方科技集団(BOE)本社も亦荘にある。

●国際競争力は産業集積にあり

今年11月下旬、筆者は北京市亦荘経済技術開発区を訪れた。亦荘は北京市の東南郊外にあり、市中心地から車で40分前後走ると目的地に着く。

北京市政府の出先機関である亦荘開発区管理委員会の関係者は筆者の取材を受け入れた。この関係者の説明によれば、亦荘開発区は1992年に設立。1994年国務院に「北京市経済技術開発区」として批准され、国家級開発区として認定された。現在、開発区は面積60平方キロ、人口29万人、企業8万社を有する。フォーチュン500社のうち、韓国LG、独ベンツ、日本資生堂など77社が進出している。工業生産が北京市全体の約30%を占める。

亦荘開発区は産業集積を誇る。同区は中芯国際(SMIC)をはじめ、液晶ディスプレイ世界大手の京東方(BOE)、半導体チップ及び製造設備国内大手の北方華創(NAURA)など大手企業の誘致に成功し、中国一の半導体集積回路の産業集積ができた。これは中国半導体産業の国際競争力強化に繋がり、米国による華為制裁・封鎖を打破することに大きく貢献している。

集積回路のみならず、百度などIT企業が亦荘開発区に進出し、自動運転分野の産業集積も進んでいる。その研究・開発は今、世界の先端を走っている。

●政府の役割が不可欠

産業集積を進めるには政府の役割が不可欠だ。亦荘の経験はそれを裏付ける。

半導体企業として、亦荘開発区が最初に誘致したのは北方華創(NAURA)だった。この企業は北京市政府をバックに北京大学、清華大学、中国科学院の人材を集めて発足した企業であり、半導体チップ及び関連製造設備を開発・生産している。21世紀初頭、亦荘開発区は北方華創を誘致するために、工場建設用地を30年にわたり無償で提供することを決定した。現在、SMICの半導体生産ラインには北方華創が提供した設備が稼働している。

2002年にSMICの12インチ集積回路生産ラインの誘致成功も亦荘開発区が注力した結果と言える。亦荘開発区は、亦荘国際投資公司(国有投資会社)を通じ7億元を補助したのみならず、SMIC従業員の子弟たちの通学問題を解決するために「中芯学校」も作った。20年にSMICは亦荘に14ナノメイン半導体生産ラインに50億ドルを投資する際にも、亦荘開発区から事実上の資金援助を受けた。今年8月華為が発売した5GスマホMate 60 Proに使われたメイン半導体は、正にSMICに委託生産したものである。

Mate 60 Pro部品の中で、付加価値が最も高い製品は有機ELディスプレイだ。そのサプライヤーは、本社を亦荘に置く京東方(BOE)である。京東方は08年に液晶パネル最先端製品(8世代)の生産基地に亦荘を選んだ最大の理由は同開発区の誠意と決意である。このプロジェクトの投資総額は280億元にのぼるが、そのうちの80億元が実は北京市政府からの補助だ。

 要するに国際競争力が産業集積にあり、それを進めるに政府の役割が不可欠だ。これは今回、筆者が北京亦荘開発区訪問を通じて得た示唆である。(了)