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経済レポ−ト
新たな拡張期に入った中国経済

『世界週報』2004年3月9日号

     景気回復の牽引役は米国経済か

日本の景気は緩やかながら持ち直しの動きは続いており、経済界もマスコミも「景気回復は外需牽引型であり、その牽引役は米国と中国経済」と言っているが、米国については筆者は疑問を持っている。統計数字では裏付けがないからだ。

周知の通り、輸出は消費、投資と並んでGDP成長の3大要素と言われている。昨年の景気回復は輸出牽引型であることは確かだが、米国向け輸出に牽引されたものではないことも明らかである。

財務省の貿易統計によれば、2003年の日本の総輸出は前年に比べ円ベ−スで4.7%増えたが、米国向けはマイナス9.8%で、金額べ−スでは1兆4603億円減少した。対米純輸出(貿易黒字)も1兆1000億円減った。03年第3四半期(7−9月)、米国経済は8.2%成長という20年ぶりの高水準を記録したにもかかわらず、同期日本の対米輸出はマイナス7.4%で2677億円減少した。対米輸出と純輸出の大幅な減少は、日本のGDP成長に与えた影響がプラスではなくマイナスであるはずであり、常識では日本の景気回復を牽引したとは考えにくい。

それでは、日本の景気回復は外需に牽引されたものとすれば、いったいどの地域または国に牽引されたか。答えはアジア、特に中国だ。統計によれば、昨年、日本の対中輸出は前年比33.3%増を記録した。通年日本の総輸出増加分2兆4533億円のうち、中国向け増加分は1兆6580億円にのぼり、全体の67.6%を占める。言い換えれば、対米輸出の減少分を中国が補う形となっている。もし、香港向け増加分(2802億円)を加算すれば、輸出増加分の8割近くが中国の貢献である。対中輸出の増加がなければ、日本の輸出拡大も景気回復も語れないことは自明の理である。この意味では、2003年に日本の景気回復を支えてきた陰の主役は中国と言っても言い過ぎではない。

中国向け輸出の急増によって、日本の輸出構造には大きな変化が起きている。日本の総輸出に占める米国のシェアは、98年の30.5%から03年の24.6%へ低下したのに対し、中国(香港を含む)のシェアは98年の11%から03年の18.5%へと急速に拡大している。もし過去5年間の実績をベ−スに計算すれば、2010年前後に米中逆転が視野に入り、中国が日本の最大輸出市場となる。

最近の日本の景気動向について、「米国の景気次第」と指摘する論者が依然多いが、米国と並んで中国の動きも計算に入れないと見通しを誤ることになるだろう。

アジア通貨危機後の新たな拡張期

日本の対中輸出急増の背景には、中国経済の新たな拡張期入りがある。

実際、中国経済はいま1つの転換点に来ている。アジア通貨危機後5年にわたる調整期を終え、経済成長率の停滞局面から抜け出し、新たな経済拡張期に突入する勢いが鮮明になっている。2002年の8%成長に続き、03年の経済成長率は9.1%に達し、今年も8%台の維持が可能と見られる。金融危機や台湾独立のような不測の事件がなければ、年平均8%の成長は2008年北京五輪まで続くと思われる。

一方、消費財と生産財の物価指数も12カ月連続でプラスを記録し、98年以降、長引いてきたデフレ傾向にピリオドが打たれた。

新たな拡張期の牽引役は「3Mブ−ム」と言われるマイカ−(自動車)、マイホ−ム(住宅)、モバイル・テレコム(携帯電話)の消費ブ−ムである。例えば、昨年の自動車販売台数は前年比36%増の444万台に上り、2年で2倍近く拡大した。特に乗用車の伸びが目立つ。昨年の販売台数は前年比80%増の197万台となり、2年で3倍近くとなった。

高度成長の持続に伴い、経済規模と市場規模の急速な拡大は期待される。筆者の予測によれば、2000年に1兆ドル大台に乗せた中国の国内総生産(GDP)規模(世界第6位)は、2006年までに1兆7000億ドル以上に拡大し、フランスとイギリスを追い越し世界第4位となる。さらに2010年までにドイツ、2020年までに日本、2050年前までに米国を凌ぐ世界最大の経済パワ−になる可能性も高い。

最近の人民元切り上げ問題をめぐる日米欧の圧力攻勢はこうした中国の台頭を背景とした「経済防衛戦」の側面を否定できない。

高度成長と国民生活水準向上によって、中国に消費ショックと需要ショックが起き、日本を含む世界経済に大きなインパクトを与えている。現在、鉄鋼、工作機械、携帯電話、家電製品及びビールなど多くの分野では、中国の消費規模は既に日米を抜いて世界1位を占めているが、こうした分野は今後さらに増える。例えば、自動車の消費規模は2001年の第7位から昨年の(日米に次ぐ)3位へ躍進し、2006年に日本、2020年に米国を凌ぐ可能性が高い。

特に輸入で見た場合、中国市場の急拡大が明らかである。2002年に2950億ドル(世界6位)だった輸入規模は、2003年に前年比39.9%増の4128億ドルに膨らみ、フランス、日本、イギリスを一気に抜き、米・ドイツに次ぎ世界第3位となった。2006年にドイツを凌ぎ世界第2位へ躍進することも視野に入る。

人口をめぐる3つの数字に注目

日本企業は新たな経済拡張期に入る中国の消費市場に目を向ける時、次の3つの人口数字を見落としてはいけない。

まずは4億8000万人にのぼる都市部人口であり、その規模は日米独3カ国人口のトータルに相当する。2010年までに、中国の都市部人口はさらに1億5000万人増え、ト−タルで6億人を超える見通しである。都市部人口は中国の消費市場の主力であり、2003年現在、都市部住民の1人当りGDPは約2000ドルだが、購買力平価で計算すれば6000ドルに達しており、しかも毎年10%というスピードで逓増している。都市部人口の増加と市民の生活水準の向上によって、中国の市場規模拡大は続く。

次は約3億人の3大成長エリア人口である。広東省地域、上海市を中心とする長江デルタ地域、北京、天津、大連、青島を中心とする渤海湾地域は、人口約3億人あり、経済成長が著しく、富裕層が大量出ている地域である。特に長江デルタ地域には上海市をはじめ、江蘇省、浙江省などの15都市が集中しており、中国最大の消費圏を形成している。

第三は5000万人の富裕層の存在である。中国国民の平均所得水準はまだ低い(2003年に1人当たりGDPは1090ドル)が、収入格差が日本より遥かに大きいため、富裕層も大量出ている。個人資産10万ドル以上の人口数は既に5000万もあるという。

増えつつある膨大な都市部人口、三大成長エリアの存在、大量富裕層の出現によって、中国市場の一層の拡大が期待される。

中国デフレ輸出論は間違い

益々巨大化する中国市場は、様々な面から日本経済に大きなインパクトを与えている。

「中国は日本にデフレを輸出している」とマスコミに良く言われるが、実際、中国はいま価格上昇の要素となっている。近年対中輸出の急増は、景気低迷が続く日本経済の下支え要素となりつつある一方、日本国内の商品価格の上昇ももたらしている。2002年に鋼材、塩化ビニル、ポリエチレン、ポリスチレン、ポリプロビレン、スクラップ、古紙などは価格が上昇したが、その背景にはいずれも中国要素があった。

例えば、2002年に日本の中国向け鋼材輸出は前年比41%増の656万トンにのぼり、輸出全体の18%、全国生産の6%に相当する。中国向け輸出の急増によって、日本国内の鋼材価格の上昇がもたらされた。

2003年引き続き旺盛な中国の国内需要に牽引され、産業素材をはじめ多くの商品市況は価格の上昇が目立った。例えば、一部の鋼材価格はこの一年で約20%も上昇し、スクラップは30%以上も上がり、古紙の価格も3割増で2001年の2倍以上に跳ね上がった。このほか、非鉄の銅、ニッケル、石化製品の基礎原料ナフサ、大豆の価格も上昇し、海上輸送の運賃も値上がりした。

中国需要が日本企業の増益に

2003年9月期日本大手企業の中間決算を調べれば、業績が良い業種の多くも実際、中国の経済拡張と大きく関わっていることがわかる。鉄鋼、工作機械、建設機械、石化製品、海運などの業種では、いずれも急速な経済成長を遂げる中国の旺盛な需要に支えられ、増収増益の結果となっている。

鉄鋼業界は中国需要で復権している。03年9月期の中間決算では新日鉄、JFE、神戸製鋼所、住友金属など大手4社の経常利益は前年同期の3倍に拡大し、収益は急速に回復している。特に、輸出比率が高く、中国需要の恩恵を最も受けた新日鉄とJFE2社の増益が目立ち、連結経常利益はそれぞれ前年同期の5.4倍、3.5倍となった。

海運業界は中国から欧米向けの輸送など中国関連業務の好調によって、日本郵船、商船三井、川崎汽船など大手各社は軒波並み増収・増益となっている。3社の売上高はそれぞれ11%増、9%増、17%増、純利益はそれぞれ2.7倍、3.7倍、3.2倍と拡大し、いずれも過去最高を更新した。

デジタルカメラ業界では、中国向けの輸出急増も一因となり、業種全体は増収増益となり、絶好調が続いている。

産業・建設機械業界も中国の高度成長から大きく恩恵を受けている。建機最大手のコマツは中国向け輸出の好調が追い風となり、9月期連結中間決算では売上高は9.5%増、純利益は4倍に拡大している。油圧ショベル大手の日立建機は9月中間期では中国向け油圧ショベルの好調で、単独売上高は前年同期比27%増、経常利益は同2.4倍に拡大した。通期の連結売上高は前期比18%増、純利益は同2.5倍に膨らむ見通しである。

工作機械メ−カ−も中国での受注急増で業績を回復している。2002年、中国の工作機械の消費規模は57億ドルにのぼり、世界全体(311億ドル)の18%を占め、日米独を上回り世界最大となったが、国内需要の55%が輸入に依存する。中国の工作機械の需要は2008年まで年平均15%増で伸びつつけると見られる。旺盛な中国需要に牽引され、03年1-11月日本の工作機械の輸出は前年同期比26.5%増え、そのうち中国向け輸出は69.6%増を記録した。輸出の急増で、牧野フライス製作所など大手工作機械メ−カ−の業績は回復し、2004年3月期に黒字転換を実現する見通しである。

日本が受けた5つのインパクト

日本が受けた影響はそれだけではない。中国インパクトを背景に、日本国内では次の5つの構造的転換も促されている。まず、雇用構造の変化である。生産工場の中国など海外移転によって、製造業の雇用が減少しサ−ビス業へシフトするという雇用構造の変化が見られている。

2つ目は製造業内部の低付加価値分野から高付加価値分野への転換である。カラ−テレビを例にすれば、低付加価値のブラウン管テレビの生産はすべて中国など海外に移転し、国内では高付加価値の液晶テレビやプラズマテレビ生産に集中している。カメラと携帯電話は同様な傾向を示し、日本国内で高付加価値のデジタルカメラとカメラつき携帯電話の生産に集約し、一般カメラと携帯電話の生産の海外移転が加速している。

3つ目は終身雇用からリストラも容認する雇用制度への転換、4つ目は年功序列から能力主義や業績本位への人事制度の転換、5つ目は横並び主義から成果主義への賃金制度の転換である。いずれも丼勘定的な制度の是正である。

勿論、上記5つの転換は全て中国要素によるものとは言い切れない。しかし、その背景に中国インパクトがあったことは間違いない。ここ数年、日本の国際競争力は急ピッチで低下しており、その背景には丼勘定的な制度のような「社会主義構造」があると見られる。中国に対抗し、国際競争力をアップするには、「社会主義構造」を是正しなければならない。

経済過熱に警戒必要

中国の巨大市場への依存を強める日本企業は、バブル懸念、不良債権問題、悪化する中国国民の対日感情などビジネスリスクにも注意を払う必要があると思われる。

まずはバブル懸念である。現在、中国経済が新たな拡張期入りとデフレ終結に向かう一方、バブルの兆しも出ている。固定資産(インフラ、不動産・設備)投資、銀行貸出し、マネ−サプライの「3つの過熱」はその象徴的なものと言える。

統計によれば、03年の固定資産投資は5兆5118億元と前年同期に比べ26.7%も増え、1993年以来の最高水準となった。そのうち、不動産投資は32.5%も増え、伸び率が50%を超す省・直轄市・自治区は合計31のうち11に、70%を超す大中都市は合計35のうち10に達している。2年連続で不動産価格が20−30%増と急騰している都市もある。

設備投資も高い伸び率を見せており、機械65.8%増、非鉄70.5%、鉄鋼104%増となり、過熱状態となっているのは明らかだ。

投資過熱は銀行貸出しの急増に支えられるものである。03年1−9月、中国金融機関の新規貸出しは2兆7000億元にのぼり、前年同期に比べれば93%も増えた。9カ月の貸出し総額は02年通年の実績(1兆9228億元)を遥かに上回る結果となっている。

投資と貸出しの急増は、マネ−サプライの急増をもたらしている。03年1−9月のマネ−サプライは前年同期比20.7%増を記録し、グリ−ンスパン米連邦準備理事会(FRB)議長が指摘したインフレ圧力は強まっている。

投資、銀行貸し出し、マネ−サプライという三つの過熱により、不動産バブルの崩壊や生産過剰などによる経済の急変調が懸念され、経済運営のリスクは増大している。

中国国家統計局は、「8.5%成長(昨年1-9月)は過去20年間の年平均9.4%の成長率を下回る」ものとして、経済過熱を強く否定しているが、その理由は説得力を欠く。政府と金融当局は3つの過熱を看過し、早急に適切な対応策を打たなければ、バブルの再燃と金融危機の発生という「近憂遠慮」は決して杞憂ではない。

3つの過熱のうち、金融機関の貸し出し急増が特に懸念される。不良債権問題は一層深刻化し、金融危機に繋がる恐れがあるからだ。

金融機関の貸し出し急増の中身を調べれば、大手企業と公共事業に過度集中しているという「一大二公」が浮き彫りになる。大手企業や公共事業に貸し出すこと自体は問題と言えないが、問題は貸出先の大部分は国有企業であり、その貸出債権の多くは将来不良債権になりかねないことだ。

深刻な不良債権問題

現在、国有企業の業績不振に起因した中国の不良債権問題は改善があるが、依然深刻に状態にあることに変わりがない。中国金融当局の発表によれば、03年末時点、中国金融機関の不良債権比率は15.2%で、そのうち貸出債権全体の6割を占める四大国有商業銀行の比率は16.9%にのぼる。不良債権総額も2兆4000億元(31兆円相当)にのぼり、同年GDPの21%を占める。 中国のGDP規模は日本の3分の1弱に過ぎないが、不良債権総額は日本(2003年9月末時点、28.3兆円)の1.1倍、不良債権比率は日本(同、約6.6%)の2.3倍、GDPに占める不良債権の割合は日本(同、5.7%)の3.7倍に相当し、問題の深刻さが窺がえる。

最近、四大国有商業銀行は金融当局の指導を受け、不良債権比率を2005年に15%以下に引き下げようとしている。問題は分母(債権全体)の拡大に注力することにある。債権規模の急速な拡大は経済過熱を招く恐れがあるのみならず、新たな不良債権の種にもなりかねず、金融リスクの解消に繋がらない。

2007年までに外国銀行の人民元取り扱い業務に対する規制は撤廃され、外資系銀行の参入により中国の金融機関はかつて経験したことがない、厳しい試練に直面している。

中国の金融界に激震をもたらした「南京エリクソン事件」はその典型例である。02年3月、中国政府のWTOに対する約束に基づき、米シティバンク上海支店は中国域内における全ての顧客を対象とする外貨取り扱い業務の許可を得た最初の外資系銀行となったが、同時に南京市最大の外資系企業、南京エリクソンが、そのメーン借入先を中国系銀行から同支店へ変えた。 優良企業である南京エリクソンへの貸出債権は中国系銀行にとっては、利益の源泉であったから、その外資系銀行へのシフトは、優良債権と利益の流失に他ならず、中国金融界にとっては正に「事件」であった。

中国系銀行に比べ、外資系銀行の金融サービスの質が良好で、従業員の給料も五〜六倍高い。中国金融機関が持つ顧客と人材は外銀へシフトし金融リスクが増大する恐れがある。中国の金融機関は抜本的な改革をしなければ不良債権問題は一層深刻化し、金融危機に発展するリスクが大きい。

情熱と冷静

現在、中国政府は景気過熱への警戒を強め、固定資産投資や金融機関の融資を抑制する姿勢を鮮明にしている。商業銀行の余剰資金を吸収する短期金融債の発行、預金準備率の引き上げ、開発区の統廃合、不動産向けの融資抑制など対策を相次いで打ち出し、四大国有商業銀行への大規模な公的資金再注入も行いはじめている。こうした一連の対策はどこまで効果があるかを見守りたい。 日本の景気動向や製造業の発展が中国市場に益々大きく依存する現在、いかに中国の活力を取り込み、その成長から最大限に利益をとるかが日本企業の重要課題となっている。言うまでも無く、日本企業は情熱をもって中国の巨大市場を取り込むべきである。しかし一方、過熱気味の中国経済および深刻な不良債権問題に対し冷静な頭脳を持つことも極めて大切である。 このほか、中国国民の対日感情の悪化も留意すべきである。現在、日中間の経済交流は確実に拡大しているが、政治的には敏感な時期に入っている。

昨年、チチハル旧日本軍毒ガス爆弾事件、珠海日本人集団買春事件、西安大学日本人留学生の寸劇事件、トヨタ謝罪広告事件などに示されるように、中国国民の対日感情は悪化しており、発火点が低くなっている。

近年、中国では日本企業を巡るトラブルやマスコミの批判が増えている。一部には日本側の不適切な表現や欠陥など実際の問題があることは事実であるが、トヨタ広告事件のような他意がない企業行動、小さなミスを中国国民全体への侮辱・差別と攻撃されるケ−スも少なくない。その背景には、日本特有の「歴史問題」という重荷があることは確かである。 日本企業の対中ビジネスは拡大する一方、経済摩擦も多発している。経済摩擦に「歴史問題」を絡むと、問題は一層複雑になる。日本企業は対中ビジネスを展開する際、こうしたリスクを回避するために細心な注意を払う必要がある。

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