『エコノミスト』2004年2月17日号
今や、世界経済は中国抜きには語れない。バブル懸念があろうとも、日本、世界を引っ張る中国経済の現状と先行きを分析する。
中国は今、自動車の大ブームである。2003年、中国の自動車販売台数は前年比34・2%増の439万台にのぼり、2年で2倍近く拡大した。日本の582万台(03年)に迫る勢いだ。そのうち、乗用車の販売台数は前年比80・7%増の197万台となり、2年で3倍近くとなった。この数字は、中国の高度成長の熱狂ぶりを象徴的に示している。
爆発的な自動車消費ブームの背景には、新たな経済拡張がある。02年の8%成長に続き、03年の経済成長率は9・1%に達し、今年も8%台の維持が可能と見られている。金融危機や台湾独立のような不測の事件がなければ、年平均8%の成長は08年北京五輪まで続くと考えていい。一方、消費財と生産財の物価指数も12カ月連続でプラスを記録し、1998年以降、長引いてきたデフレ傾向にピリオドが打たれた。
新たな経済拡張期の牽引役は「3M」と言われる。マイカー(自動車)、マイホーム(住宅)、モバイル・テレコム(携帯電話)の「3M」である。空前の自動車消費ブームはまさにそのことを端的に示す。
筆者の予測によれば、03年に1兆4000億ドル(約147兆円)にのぼる中国の国内総生産(GDP)規模は、06年までに1兆7000億ドル(約178兆円)以上に拡大し、フランスとイギリスを追い越し世界第4位となる(米、日、独に次ぐ)。アクシデントがなければ、さらに2010年までにドイツ、2020年までに日本を凌ぐ。やや先の話すぎるかもしれないが、2050年前までには米国をも凌ぎ、世界最大の経済パワーになる可能性も高い。
世界経済のエンジン
中国は、「世界の工場」から巨大消費市場へと姿を変えつつある。
現在、鉄鋼、工作機械、携帯電話、家電製品及びビールなど多くの分野では、中国の市場規模は既に日米を抜いて世界1位を占めている。こうした分野は、今後さらに増える。
例えば冒頭に述べた自動車は、消費規模は01年の第7位から一躍して昨年の(日米に次ぐ)3位となり、06年に日本、20年に米国を凌ぐ可能性も高い。
特に輸入で見た場合、中国市場の急拡大が明らかである。02年に2950億ドル(世界6位)だった輸入規模は、03年に前年比39・9%増の4128億ドルに膨らみ、フランス、日本、イギリスを一気に抜き、米、ドイツに次ぎ世界第3位となった。06年にドイツを凌ぎ世界第2位へ躍進することも視野に入ってきた。中国は世界経済のエンジンの一つとなっていることは、もはや明らかである。
日本経済に目を向けると、中国という成長エンジンの役割が一層際立つ。現在、日本の景気は緩やかながら持ち直しの動きは続いているが、景気回復を支える陰の主役は実際、中国である。マスコミは「日本の景気回復は外需牽引型であり、その牽引役は米国と中国経済だ」と喧伝しているが、米国については実際、根拠がない話である。
財務省の貿易統計によれば、03年の日本の総輸出は前年同期に比べ円ベースで4・7%増えたが、米国向けはマイナス9・8%で、金額べースでは1兆4603億円減少した。対米純輸出(貿易黒字)も1兆1000億円減った。対米輸出と純輸出(貿易黒字)の大幅な減少により日本経済への影響はマイナスであるはずなのに、「日本の景気回復を牽引した」という論調には納得がいかない。
統計によれば、昨年、日本の対中輸出は前年比33・3%増を記録し、日本の総輸出増加分2兆4533億円のうち、中国向け増加分は1兆6580億円にのぼり、全体の67・6%を占める。香港向け増加分(2802億円)を加算すれば、輸出増加分の約8割が中国の貢献である。
中国向け輸出の急増によって、日本の輸出構造には大きな変化が起きている。日本の総輸出に占める米国のシェアは、98年の30・5%から03年の24・6%へ低下したのに対し、中国(香港を含む)のシェアは98年11%から03年18・5%へと急速に拡大している。もし過去5年間の実績をベースに計算すれば、10年前後に米中逆転が視野に入り、中国が日本の最大の輸出市場となる。
日本へのインパクト
ますます巨大化する中国市場は、様々な面から日本経済に大きなインパクトを与えている。「日本にデフレを輸出」と言われたが、今はインフレの要因となっている。
昨年、旺盛な中国の国内需要に牽引され、産業素材をはじめ多くの商品市況は価格の上昇が目立った。過去1年間で、一部の鋼材価格は約20%、鉄鉱石18%、スクラップ30%以上、石炭25%、古紙30%以上、ニッケル約2倍も値上がりした。このほか、銅、石化製品の基礎原料ナフサ、大豆の価格及び海上輸送の運賃も大幅に上昇した。
また、03年9月期の日系大手企業の中間決算を調べれば、業績が良い業種の多くも実際、中国の経済拡張と大きく関わっていることがわかる。鉄鋼、建設機械、産業機械、工作機械、石化製品、海運などの業種では、いずれも急速な経済成長を遂げる中国の旺盛な需要に支えられ、増収増益の結果となっている。
日本が受けた影響はそれだけではない。中国インパクトを背景に、日本国内では次の五つの構造的転換も促されている。
まず、雇用構造の変化である。生産工場の中国など海外移転によって、製造業の雇用が減少し、サービス業へシフトした。二つ目は、製造業内部の低付加価値分野から高付加価値分野への転換である。三つ目は、終身雇用からリストラも容認する雇用制度への転換。四つ目は、年功序列から能力主義や業績本位への人事制度の転換。五つ目は横並び主義から成果主義への賃金制度の転換である。いずれもどんぶり勘定的な(社会主義的構造)制度の是正である。
もちろん、五つの構造転換はすべて中国要因によるものではない。しかし、その背景にチャイナ・インパクトがあったことは間違いない。日本が中国に対抗し、国際競争力をアップするには、「社会主義的構造」を是正しなければならないからだ。
三つの過熱
同時に、中国の巨大市場への依存を強める日本企業は、中国経済のバブル懸念、不良債権問題など、中国ビジネスのリスクにも注意を払う必要がある。
まずは、バブル懸念である。既に述べたように中国経済は新たな拡張期入りとデフレ終結に向かう一方、バブルの兆しも出ている。
固定資産(インフラ、不動産・設備)への投資、銀行貸し出し、マネーサプライの「三つの過熱」はその象徴的なものと言える。
統計によれば、03年の固定資産投資は5兆5118億元(約70兆円)にのぼり、前年に比べ26・7%も増え、93年以来の最高水準となった。特に、1〜9月期の不動産投資は34%も増え、伸び率が50%を超す省・直轄市・自治区は合計31のうち11に、70%を超す大中都市は合計35のうち10に達している。2年連続で不動産価格が20〜30%増と急騰している都市もある。
設備投資も高い伸び率を見せており、1〜9月に石炭52%増、機械74%増、鉄鋼150%増となり、過熱状態となっているのは明らかだ。投資に国内需要が追いつかなければ、輸出に振り向けられ、貿易摩擦を深刻化させる恐れがある。
こうした一連の投資過熱は、銀行貸し出しの急増に支えられている。03年1〜9月、中国金融機関の新規貸し出しは2兆7000億元(約34兆5000億円)にのぼり、前年同期に比べれば93%も増えた。9カ月の貸出総額は02年通年の実績(1兆9228億元)を遥かに上回る結果となっている。
投資と貸し出しの急増は、マネーサプライの急増をもたらしている。03年1〜9月のマネーサプライは前年同期比20・7%増を記録し、グリーンスパン米連邦準備制度理事会(FRB)議長が指摘したように、中国でのインフレ圧力は強まっている。
この三つの過熱のうち、金融機関の貸し出し急増が特に懸念される。その中身を調べれば、貸出先の大部分は国有企業であり、その貸し出し債権の多くは将来、不良債権になりかねない。
現在、国有企業の業績不振に起因した中国の不良債権問題は改善があるが、依然、深刻な状態にあることに変わりがない。中国金融当局の発表によれば、03年末時点、中国金融機関の不良債権比率は15・2%で、そのうち貸し出し債権全体の6割を占める四大国有商業銀行の比率は16・9%にのぼる。不良債権総額も2兆4000億元(約31兆円)にのぼり、GDPの21%を占める。
中国のGDP規模は日本の3分の1にすぎないが、不良債権総額は日本の28・3兆円(03年9月末時点)の1・1倍、不良債権比率は日本(同約6・6%)の2・3倍、GDPに占める不良債権の割合は日本(同5・7%)の3・7倍に相当し、問題の深刻さが窺える。
最近、4大国有商業銀行は金融当局の指導を受け、不良債権比率を05年に15%以下に引き下げようとしている。問題は分母(債権全体)の拡大に注力することにある。債権規模の急速な拡大は経済過熱を招く恐れがあるのみならず、新たな不良債権の種にもなりかねず、金融リスクの解消に繋がらない。
07年までに外国銀行の人民元取り扱い業務に対する規制は撤廃される。すでに、資金力のある外資系銀行の参入により、中国の金融機関はかつて経験したことがない、厳しい試練に直面している。中国の金融機関は抜本的な改革をしなければ不良債権問題は一層深刻化し、金融危機に発展するリスクが大きい。
情熱と冷静
言うまでもなく、日本企業は情熱をもって、積極的に中国の巨大市場を取り込むべきである。チャンスを逃したら、泣くに泣けない。一方で、中国経済の変調は日本への影響も大きいため、日本企業は過熱気味の中国経済および深刻な不良債権問題に対し冷静な頭脳を持つことも重要であることを忘れてはならない。