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【中国経済論談】
【中国経済論談】
清華大学シュワルツマン学院から見た米中関係の密度

中国ビジネス研究所代表、多摩大学大学院フェロー 沈 才彬

 習近平国家主席、胡錦濤前国家主席、朱鎔基元首相など中国の指導者を輩出する清華大学。2013年、この名門大学に極めて神秘なる学院が新たに誕生した。「シュワルツマン学院」(中国名「蘇世民書院」)だ。

●「シュワルツマン学院」を訪問

 シュワルツマンはアメリカ人の名前で、ニューヨークに本社を置く米国最大の投資ファンド会社『ブラックストーングループ』のCEOを務めるスティーブン・シュワルツマン氏のこと。蘇世民は氏の中国語名である。清華大学には20学院、54学部があるが、人の名前で学院や学部を命名したのは初めてである。

 外国人8割、世界名門校の教授陣による英語授業、全寮制、食事無料、最高額奨学金支給、入学のための国際旅費全額支給など、清華大学に前例がない事柄が多く、神秘なる学院と言われる。

 なぜ米国人の名前で学院を命名したか? シュワルツマン学院は一体どんな学院? 何のために設立し、どんな特徴を持つか? 筆者は今年7月下旬、多くの疑問を持ちながら清華大学シュワルツマン学院を訪れた。

 広大な清華大学キャンパス。周囲を歩けば、1時間以上かかる。正門から北方の奥に向かい、約40分歩くと、緑に囲まれる灰色のレンガ造りの低層ビルが見えてくる。入口付近の壁には「SCHWARZMAN COLLEGE」と「蘇世民書院」と書いてある。ここはまさに神秘なるシュワルツマン学院だ。

●今の中国がわかる未来のグローバルリーダーを育成

 学院関係者の紹介によれば、2013年ブラックストーングループCEOを務めるスティーブン・シュワルツマン氏は1億ドルの私財を清華大学に寄付し、毎年200名の外国留学生を支援する奨学金プロジェクトを設立した。これはこれまで中国の大学が海外から受け入れた最大規模の寄付金でもある。

 また、シュワルツマン氏及び清華大学の共同呼びかけで、米化学大手ダウ・ケミカル、英国石油大手BP、スイス信託大手クレジット・スイスなど外国企業から2億7500億ドルの寄付金を集めた。中国企業からの寄付金を合計すれば、2017年8月末現在、寄付金総額は4億5000億ドルにのぼる。

 シュワルツマン氏の巨額寄付の目的は極めて明確だ。氏は次のよう自分の寄付行為を説明している。「中国は将来、世界最大の経済大国になるだろう。欧米はより全面的により詳しく中国の社会、政治及び経済環境を理解する必要がある。双方は相互尊重のWin-Win関係を構築することが極めて重要だ。21世紀において、中国は選択コースではなく、(必修)コアコースだ」。「中国で共に学び、中国を理解し、何かあれば電話1本で話ができる将来のリーダーを、50年間で1万人育てる」というのはシュワルツマン氏の構想だ。

 シュワルツマン学院の参考モデルにしたのが、イギリスの大富豪で首相も務めたセシル・ローズによる「ローズ奨学金」だ。アメリカをはじめ世界各国の優秀な学生をオックスフォード大学で学ばせるもので、ビル・クリントン元大統領もその1人だ。ローズがアメリカを20世紀の超大国とみたように、シュワルツマン氏は「将来の超大国・中国」と睨み、中国とアメリカのパイプ作りを進める狙いがある。

 シュワルツマン学院のホームページによれば、学院の設立趣旨を「異なる文明間の相互理解と協力を促進する未来のグローバルリーダーを育成する」としている。シュワルツマン氏本人の言葉を借りれば、米中連携で、「未来のグローバルリーダーになる最も可能性がある人物を見つける」。「未来のリーダーは今の中国がわからなければならない」。これはシュワルツマン学院設立の最も本質的な部分だと筆者が思う。

 最初の名前は「清華大学シュワルツマン学者プロジェクト」だった。その後、著名な建築家、米エール大学建築学院院長ロバード・スターン教授がデザインした専用建物の完成によって、「シュワルツマン学院」(中国語名:蘇世民書院)が正式に誕生した。

●清華大学はもともと中国指導者育成校だった

 周知の通り、清華大学はもともとアメリカ政府の資金で設立したアメリカ留学予備校だった。学校名は「清華学堂」だ。

 1900年、中国には外国人を標的とする「義和団の乱」が起きた。アメリカは日本、イギリス、フランスなど8ヵ国の連合軍に参加し、義和団の鎮圧にかかわり、当時の清王朝から4870万円という多額の戦争賠償金を受け取った。日本も同額の戦争賠償金を受け取り、当時の明治政府の歳入が1億円前後という数字を考えれば、4870万円は極めて大きな金額ということがわかる。

 しかし、アメリカがほかの国と違うことは、自国の軍隊派遣費用、中国で殺されたアメリカ人ビジネスマン、キリスト伝道師への賠償を差引いたあとの残額である1670万円をすべて中国に返還したことである。

 ただし、直接返金したのではなく、返還金を使って中国にアメリカ留学予備校・清華学堂を設立した。この学校はのちの清華大学となる。

 この戦争賠償金の返還をアメリカ政府に提言したのは、当時のイリノイ大学のジェームス学長だった。「中国自身が支払った賠償金を還元するという形で、中国の若者たちを教育することができれば、精神面とビジネス面において将来的にはアメリカにとって大きな収穫になるだろう」とジェームス学長は強調した。言い換えれば、知識と精神を持って将来の中国の指導者を育成する方式をとるべきだ、というのはジェームス学長の戦略構想である。

 その提言を受けて、セオドア・ルーズベルト大統領は、1907年12月3日、議会での演説の中で、「われわれは自らの実力をもって中国の教育を支援し、この繁栄の国をして徐々に近代的な文化に融合させるべきである。支援の方法は賠償金の一部を返還し、中国政府をして中国人学生をアメリカに留学させる」と述べた。翌年5月、米議会は決議案を採択し、賠償余剰金を中国に返還し、アメリカ留学予備校の設立を実現させた。

 100年後、朱鎔基首相、胡錦濤国家主席、習近平国家主席など清華大学出身の中国指導者が相次いで誕生し、いずれも親米的な姿勢を取ってきた中国のリーダーだ。アメリカの対中戦略は「百年の計」と言われても決して過言ではない。

 ところが、この度、中国のリーダー育成ではなく、未来のグローバルリーダーを育成する学院が中国の清華大学に誕生した。アメリカによる百年後の世界を見据えた戦略的な行動と見ていい。常に50年先、100年先のことを考えながら戦略的に行動するのはアメリカ人の凄さである。

●世界の最優秀な人材が集う

 2016年9月10日、「シュワルツマン学院」は正式に発足し、米国、英国、フランス、ドイツ、中国など31ヵ国110名の学生が北京で一堂に集まり、盛大な入学式が行われた。習近平国家主席とオバマ大統領はそれぞれ祝賀メッセージを送り、劉延東副首相が入学式に出席し挨拶した。当事者のシュワルツマン氏本人と清華大学学長のほか、エール大学学長、英ケンブリッジ大学学長、オックスフォード大学前総長らも入学式に出席した。

 シュワルツマン学院は一年間の修士課程を設ける大学院である。募集対象は世界各国の優秀な若者たちだ。応募条件としては次の3つ。1つは大学卒の学歴、2つ目は年齢が18-28歳、3つ目は上達な英語能力。定員は200名だが、米国45%、中国20%、残る35%はほかの国が占める。

 2016〜17年期の応募者は3000人を超え、厳格な書類審査、面接を経た結果、110名が合格した。面接会場はニューヨーク、ロンドン、北京、バンコクなど4ヵ所に設けられ、アメリカの元政府高官や大手企業CEOが自ら面接を担当した。

 一期生の出身校を調べてみると、下表の通り、110人のうち、ハーバード大学6人を筆頭に、プリンストン大5名、清華大5名、エール大4名、MIT、コーネル大、ウェストポイント、北京大学、南開大学などそれぞれ3名、スタンフォード大学とオックスフォード大学がそれぞれ2名、ケンブリッジ大学1名が続く。

表1 シュワルツマン学院一期生の出身校

ハーバード大学   6

プリンストン大学  5

清華大学   5

エール大学   4

MIT       3

北京大学      3

南開大学   3

コーネル大学   3

ウェストポイント  3

スタンフォード大学 2

オックスフォード大学 2

ケンブリッジ大学  1

その他       70

【出所】シュワルツマン学院HPにより沈才彬が作成。

 これまで中国の最優秀な学生は欧米の名門大学に留学してきた。しかし、今は世界で最も有名な大学の優秀な人材が中国の清華大学に集結する。これは画期的な意義がある。シュワルツマン氏本人は2016年9月初め頃、「ウォール・ストレート・ジャーナル」紙のインタビューに応じ、シュワルツマン学院設立の意義を興奮気味で次のように強調した。

 「西側の最も優秀で最も賢い人材が中国に来るのは、ほかでもなく中国を知るためだ。これは200年来、初めての出来事だ」と。

 同年11月、シュワルツマン氏は「中国新聞週刊」誌のインタビューの中で、次のように述べている。「通常、最も優秀、最も聡明な人たちは、ハーバード大学や、エール大学、プリンストン大学、スタンフォード大学、オックスフォード大学またはケンブリッジ大学など西側の名門校を選ぶ。しかし、この度は初めて、これほどトップクラスの大学の学生が中国に来る。これは大きな変化で、象徴的な出来事である。つまり世界各国の人たちは中国に興味あることだ」。

 シュワルツマン氏の構想によれば、毎年200名の優秀な人材を育成し、50年で1万人になる。50年後、今の中国を理解するグローバルリーダーが必ず「シュワルツマン学院」から出てくるだろう。

●豪華な顧問委員会メンバーと教授陣

 未来のグローバルリーダーを育成するために、シュワルツマン学院は欧米諸国の政府首脳経験者または重要閣僚経験者、著名大学の学長及び大手企業の経営者を顧問に迎えた。

表2 清華大学シュワルツマン学院(蘇世民書院)顧問委員会メンバー

初代院長 李稲葵 清華大教授、元IMF顧問

顧問 二コラ、サルコジ元フランス大統領

顧問 トニー、ブレア 元イギリス首相

顧問 ブライアン、マルルーニ 元カナダ首相

顧問 ケビン、ラッド 元オーストラリア首相

顧問 ヘンリー、キシンジャー 元アメリカ国務長官

顧問 コリン、パウエル 元アメリカ国務長官

顧問 コンドリーザ、ライス 元アメリカ国務長官

顧問 ロパート、ルービン 元アメリカ財務長官

顧問 ヘンリー、ポールソン 元アメリカ財務長官

顧問 董建華 元香港特別行政区長官

顧問 ジェームス、ウォルフェンソン 元世界銀行総裁

ほか、米エール大学長、 元オックスフォード大総長ら

  【出所】 シュワルツマン学院HPにより沈才彬が作成。

 表2に示す通り、合計19名の顧問委員会メンバーのうち、ニコ・サルコジ元フランス大統領をはじめ、トニーブレア元イギリス首相、ブライアン・マルルーニ元カナダ首相、ケビン・ラッド元オーストラリア首相など政府首脳経験者4名、キシンジャー、パウエル、ライスなど米国務長官経験者3名、ルービン、ポールソンなど米財務長官経験者2名が学院の顧問に就任している。  学院の教授陣も凄い。ハーバード大学、エール大学、スタンフォード大学、オックスフォード大学、ケンブリッジ大学、清華大学、北京大学など世界名門大学の教授たちが学生を教えている。授業は全て英語で行われる。中国語の授業もある。清華大学やハーバード大学、エール大学の教授が教えることが多いが、アメリカのサマーズ元財務長官、ポールソン元財務長官、クリスティーヌ・ラガルドIMF専務理事ら大物ゲストの講義も頻繁にあるという。

●コアコース(必修)と選択コース

 シュワルツマン学院はコアコース(必修)と選択コースを設けている。卒業論文もあり、1年で学位を取得できる。

 コアコースには、リーダーシップ論、中国文化・歴史及び価値観、中国と世界経済、中国と国際関係、比較公共治理などの科目が含まれる。

 一方、選択コースは経済管理、国際関係、公共政策の3つから選ぶ。アメリカの金融機関やコンサルティング会社から既に内定を得ている学生も多く、経済管理や国際関係の科目の人気が高いという。

 授業のほか、学生たちは中国企業や政府部門及び農村にも行って、短期間の研修を通じて中国社会・文化への理解を深める。一部の学生は中国ネット通販最大手のアリババで企業研修も経験した。

 シュワルツマン学院は全寮制で、キャンパスには教室のほか、図書館、食堂、スポーツジムなどの施設も完備される。朝から晩まで数十カ国110人の学生が一緒にいる。こんなに濃厚に他の人と付き合いコミュニケーションができることはとても新鮮であり、国際的な人脈作りにも繋がる。各国に友だちができるのは、学生にとって、貴重かつ大きな財産になるのは間違いない。

●米中は緊密連携 日本はカヤの外

 米中は表向きでは様々な問題で対立しているが、水面下では緊密に連携し絆を深めている。シュワルツマン学院は正に米中緊密連携の裏付けであり、日米より遥かに密度が高い米中関係の象徴ともいえる。

 シュワルツマン学院は構想段階から米中共同作業で行われ、参考モデルはイギリスのローズ奨学金で、学生は米中欧の優秀な人材が中心となる。米国の現役軍人も数人いる。米中軍事面の交流を重視するアメリカ政府の姿勢が伺える。

 一方、日本はカヤの外に置かれている。寄付企業が欧米中心で日本企業の名前が見つからない。面接会場4カ所にも東京の名前がない。一期生110人のうち、日本人の生徒は僅か2人。1人は慶應大学卒、もう1人は米エール大学卒である。2017年度第2期の新入生126名のうち、日本人はゼロ。これだけ魅力的な学院だが、日本の若者たちは無関心だ。内向きになる日本の姿が如実に映される。

 米中相互留学の学生数は年々増えている。中国からアメリカに留学する人は2015年度に約33万人で日本人の17倍。アメリカへの留学生全体の31.5%を占め、7年連続で国別トップ。一方、アメリカから中国に留学する人は2016年度23,838人で、国別で韓国に次ぐ2位。中国への日本人留学生の約2倍、日本に留学するアメリカ人の9倍に相当する。

 科学の共同研究分野でも米国は中国を最も重視している。文部科学省の資料によれば、2013〜15年、自然科学8分野のうち、米国が選ぶ共同研究の相手国は化学、材料科学、計算機・数学、工学、環境・地球科学、基礎生命科学など6分野で中国が1位、物理学が2位、臨床医学が3位。日本はすべての分野で5位以下となる。米中は連携の絆を深める一方、内向きな日本は置き去りにされつつある実態が浮き彫りになっている。(了)