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【中国経済論談】
【中国経済論談】
2018年深せんは香港を逆転する

中国ビジネス研究所代表、多摩大学大学院フェロー 沈 才彬

 今年5月下旬、筆者は香港時事トップセミナーでの講演を機に、香港、深せん(土へんに川)を訪れた。現地調査を通じ、地盤沈下がとどまらない香港と活気溢れる深せんの好対照ぶりを実感し、来年の2018年に深せんの経済規模は香港を逆転するという予測に至った。

◆地盤沈下がとどまらない香港

 今年は香港返還20周年に当たり、習近平国家主席の香港訪問、中国空母「遼寧号」の香港寄港をはじめ、さまざまな祝賀イベントが行われたが、盛り上がりは今一だ。香港経済は3年連続で減速し、景気低迷で元気がないからだ。

 1997年香港返還の際、域内GDPは1,773億ドルで、中国(9,019億ドル)の20%弱まで占めていた。輸出と輸入はともに中国を上回り、世界港湾コンテナ取扱個数ランキング(1999年)では香港は世界1位、上海は7位、金融市場では中国が香港の比べものにもならなかった。当時、中国は市場経済導入(1992年)してから間もなく、貿易や海運及び金融などの分野では香港への依存度が高く、中国にとって香港は極めて重要だった。従って、当時の香港は「3つの国際センター」、即ち「国際貿易センター」、「国際港運センター」、「国際金融センター」と、中国政府に位置付けられていた。

 ところが、20年後の2017年、状勢は一変した。香港の域内GDPは3,206億ドルで、中国(11兆2,183億ドル)の2.8%に過ぎず、輸出と輸入がそれぞれ中国の22%、33%に相当する。世界港湾コンテナ取扱個数ランキング(2105年)では、香港は第5位、上海(1位)、深せん(3位)、寧波−舟山(4位)に後塵を拝してしまった。金融市場でも上海、深せんが香港を猛追している。この20年間、中国は急速に台頭している一方、香港は停滞している。中国にとって、今の香港は昔のように無くてはならない存在ではなくなった。

 ここ数年、香港は中国本土との関係をめぐり、世論と市民が二分化し、内部対立が深まっている。その影響は経済にも及ぼし、方向喪失で景気低迷が加速している。

 現在、不動産や金融、海運など既存産業は既に頭打ち状態となっている。一方、イノベーションの欠如によって、IT、AI、バイオなど新興産業は育てていない。経済成長の新たな牽引車が見つからず、香港経済界には焦燥感や悲観論が蔓延している。

 中国返還20年を迎えた香港は、一体どこに向かうか?引き続き漂流するか?それとも前進するか?政治的にも経済的にも香港は今、岐路に立っている。

◆2018年深せんは香港を逆転する

 漂流する香港と好対照となっているのは隣の深せんであり、イノベーションによって今活気に溢れている。深せんはもともと人口3万人の小さな漁村だった。1979年ケ小平氏の改革・開放政策の下で、深せんは中国最初の経済特区の1つとして発足した。30年来、深せんは人類史に前例がないスピードで発展し、昔の小さな漁村から人口1400万人を有する大都会に変身したのである。

 深せんの経済成長も驚異的な速度で実現されている。20年前、深せんの域内GDPは僅か156億ドルで、香港の8.8%に過ぎなかった。20年後の現在、深せんの域内GDPは19倍増の2,935億ドルにのぼり、香港の3,206億ドルに迫る。

 これまで深せんの経済成長は経済特区としての政策面の恩恵が大きかったが、リーマンショック以降は違う。政策面の優遇ではなく、イノベーションが深せんの経済成長の原動力となっているのだ。深せんは「世界の工場」を脱皮し、「イノベーションセンター」となりつつある。産業構造のグレードアップによって、深せんの経済は高成長を保っている。

 例えば、2014年深せんの成長率は前年の10.5%から8.8%に低下したが、15年からは再び上昇傾向に入り、同年8.9%、16年9%となっている。仮に過去3年間の年平均成長率8.9%で計算すれば、2018年深せんの名目GDPは3480億ドル前後にのぼる見通しである。

 一方、香港の過去3年間の年平均成長率が2.4%。仮にこの成長率で計算すれば、2018年香港の名目GDPは3360億ドルに達する。言い換えれば、2018年香港は経済規模で深せんに逆転される。 ◆深せん経済活性化の源泉はイノベーション

 近年、深せんの高度成長をけん引する原動力は言うまでもなくイノベーションである。

 深せんはかつて「世界の工場」と言われてきた。しかし、高度成長に伴う市民所得の増加によって深せんの人件費は急増し、中国内陸部やASEAN諸国及び南アジア諸国に比べれば深せん現地生産のメリットが大きく減退している。特にリーマンショック以降、安価な労働力に依存する労働集約型産業は限界が露呈し、外資の撤退や地元企業の倒産が相次いだ。そこで地元政府は「騰籠換鳥」(鳥かごを開けて鳥を入れ換える)という産業政策を導入し、労働集約型産業から技術集約型産業への転換を図ってきた。

 この新しい産業政策の下で、深せんは中国の「イノベーションセンター」に変身し、人材と技術の集積地となっている。世界通信機器大手の華為技術(ファーウイ)の躍進、中国版フェイスブックと言われるSNS大手の騰訊(テンセント)の爆発的な成長、小型無人機ドローン世界最大手・大疆創新科技(DJI)の台頭など、深せんに本社を置くイノベーション型企業はリーマンショック以降、急成長を遂げている。

 イノベーション企業に対する政策面の優遇措置、インフラ整備など深せんの優れたビジネス環境はベンチャー企業や国内外の起業家にとって魅力的である。中国全土から技術のトップエリートたちは続々と深せんに集まるのみならず、海外の企業家予備軍も深せんに引き寄せる。

 例えば、2014年設立されたAIの画像識別で商品管理会社・深せん碼隆科技の2人の創業者、黄鼎隆CEOとマット・スコット最高技術責任者(CTO)は米マイクロソフト社出身者であり、騰訊(テンセント)のチーフ探索官David Wallerstein氏は米シリコン・バレーから来た人物である。そのほか、起業のために深せんにやってきたアメリカの若者たちも後を絶たない。

 深せんは今、「中国のシリコン・バレー」と呼ばれ、ベンチャー企業のゆりかごとなりつつある。10年後、深せんは米シリコン・バレーを凌ぎ、世界の起業家予備軍及びベンチャー企業の「聖地」になるかもしれない。(了)