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【中国経済論談】
【中国経済論談】
安倍首相の「中国軍拡批判」に説得力があるか?
中国ビジネス研究所代表、多摩大学大学院客員教授 沈 才彬
・安倍首相は5月6日、ベルギー・ブリュッセルの北大西洋条約機構(NATO)本部で演説した。首相は、中国の軍事費が毎年10%以上伸び、26年間で40倍に拡大したと指摘した上で、中国の軍拡を「国際社会の懸念事項だ」と強く批判した。
・それでは安倍首相の「中国軍拡批判」は本当に説得力があるでしょうか?
・近年、中国の軍事費予算急増は事実である。中国当局の発表によれば、今年度の国防予算は前年比12.2%増の8100億元(約13兆7000億円)に上る。2010年度の7.5%増を除けば、20年連続の2桁増となる。財政困難に陥る欧米諸国の国防予算減少が続くなか、中国の国防予算の急増が際立つ。
・問題は中国の国防予算の急増をどう見るべきか? 中国の軍拡について、2つの問題を整理しなければならない。1つは中国の国防予算の伸び率は適正水準であるかどうか? 2つ目は中国の国防予算は透明性をもっているかどうか?
・まずは伸び率が適正水準かどうかを検証する。中国は今、高度成長期にあり、過去26年間の年平均成長率は10%弱にのぼり、GDP規模は47倍も拡大した。一方、軍事費も確かに40倍拡大した。経済規模の47倍拡大に比べ、軍事費の40倍拡大は異常とは言えない。安倍首相は中国の経済規模の47倍拡大を言及せずに、軍事費40倍拡大のみを強調するのは、世論をミスリードする疑いがある。
・さらに、高度成長期にあった日本にも防衛費予算を急増させた事実がある。安倍首相はこの事実を無視し、中国の軍拡だけを批判するのも、その説得力が疑問される。
・表1に示す通り、高度成長期の日本は、60年代半ばから79年代末まで10数年にわたって防衛費予算が2桁増を続けてきた。特に1975~79年の5年間、実質成長率が年平均4.5%にもかかわらず、国防予算の伸び率は年平均14%にのぼり、成長率の3倍に相当する。
・一方、中国では2000~14年の15年間、GDP成長率は年平均9.7%に対し、国防予算の年平均伸び率は13.8%で、GDP成長率の1.4倍に相当する。同時期のインフレ率は年平均2.2%を考えると、国防予算の伸び率とGDP成長率の偏差値は、1970年代後半の日本と比べれば、大きくないことがわかる。
表@ 日本GDP成長率と防衛費伸び率の推移
年 GDP成長率(%) 防衛予算伸び率(%)
1965 6.2 9.6
1970 8.2 17.7
1975 4.0 21.5
1976 3.8 13.9
1977 4.5 11.8
1978 5.4 12.4
1979 5.1 10.2
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出所)日本のGDPデータは経済企画庁『国民経済計算年報」、防衛費予算データは日本財政調査会「国の予算」による。
・結論かから言えば、安倍首相の発言は高度成長期、特に1970年代後半の日本の軍拡の事実を無視し、いま高度成長期にある中国の軍拡を批判するのは、説得力が乏しい。なぜ日本の高度成長期の軍拡は良いが、中国の高度成長期の軍拡はダメか? 論理的な説明がまったくできていない。
・むしろ安倍首相の発言は一層中国を刺激し、首相自身が求める日中首脳会談が遠のく逆効果が懸念される。
・実際、国際的に見れば、高度成長期にある国は、軍事予算も高い伸びを示すのは一般的で、中国だけの現象ではない。特に、高度成長期にあった日本に比べれば、中国の国防予算の伸び率は異常に高いとは言えない。
・また、中国の経済規模は米国の5割強になったのに、国防費はまだ米国の6分の1強に過ぎない(表2)。この事実も見逃してはいけない。われわれは中国の国防予算の急増を冷静かつ客観的に見る必要がある。
表A 2013年度主要国国防費ランキング
@米国 約64兆8,900億円
A中国 約11兆8,500億円
B英国 約 6兆1,600憶円
Cロシア 約 5兆6,500億円
Dフランス約 5兆3,300億円
E日本 約 4兆7,000億円
Fドイツ 約 4兆6,400億円
・2つ目の問題は透明性の問題である。3月5日に発表された米国防省年次報告書は中国の国防予算について、「相対的に透明性が欠如する」と指摘している。
・中国の国防予算総額は発表されているが、詳細は公表されず、ブラック・ボックスのような存在である。また、国防予算に編入されていない軍事費支出が相当な規模になるという指摘もある。要するに、中国政府は国防予算の透明性を高め、国際的な相互信頼を醸成する努力が必要と思われる。