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【中国経済論談】
【中国経済論談】
講演抄録 習近平体制の誕生と日中関係
中国ビジネス研究所代表、多摩大学大学院客員教授 沈 才彬
《商工クラブ》2013年2月日号
経済成長が減速し、尖閣諸島問題で日本と衝突している中国は、党大会を経て指導部を刷新、習近平体制が誕生することとなった。新体制の特徴と今後の中国の行方、今後の日本との関係について展望して頂いた。
◆習近平体制誕生の道のりとこれからの注目点
胡錦濤体制から習金平体制に引き継がれる中国ですが、党大会開催が十月から十一月に延期になりました。理由は三つあります。一つは、重慶市書記薄煕来失脚事件です。三月に起きた、この不安定要素を代表大会前に片づける必要があったこと。二つ目は、軍のトップだった胡錦濤への継続要請という人事問題です。国際情勢が複雑ないま、習近平や軍の幹部は胡錦濤に軍の主席を続行してほしいと要請していたのですが、権力欲があまりない胡錦濤は、公職からは全て引退したいという方向です。中国ではこれを裸退(らたい)と表現します。それに加え、執行部のメンバーを現在の九人から七人に減らすのに、習近平と李克強以外の五人がなかなか決まらないという権力闘争的な問題もありました。三つ目は、アメリカ大統領選挙の行方です。ロムニーは対中強硬派ですから、中国の交渉相手がオバマとロムニーのどちらになるかを見極めるため、党大会開催は、最も都合の良い一一月八日に延期にされたわけです。
中国の新体制で我々が注目すべきは、まだ五〇代の習近平体制が発足すれば、一般的には二期一〇年は政権運営に携わることになりますから、まず人事問題でしょう。そして政策面ではGDP倍増計画です。アメリカドルで換算すれば、昨年の中国の経済規模は七兆四千億ドルでした。これが二倍となると一五兆ドルですが、私の調べた結果では、一〇年後の中国はこれを上回る二〇兆ドルとなり、日本の約三倍強、アメリカを超える可能性が高いということです。また外交面では対外協調政策を取り、平和的な台頭を堅持する一方、海洋問題では強硬姿勢を貫く可能性があります。こうした問題について、日本は注意深く見守っていく必要があります。
◆エリート出身の習近平と庶民出身の胡錦濤
習近平と胡錦濤の違いは大きく分けると二つです。一つは、庶民出身の胡錦濤と違い、習近平は太子党であり、元副首相だった父親の関係で、党内に広い支持率を持っていること。二番目は、胡錦濤が最高実力者であるケ小平の指名で選ばれたのに対し、習近平は党内の秘密選挙及び正式選挙で圧倒的な支持により選ばれました。つまり党内の民意で決められたということです。
胡錦濤による政策の特徴は「和」の一文字に尽きるように、国内では党内融和と和諧社会の構築を唱え、国際的には平和的な台頭を目指すと言い続けたのです。もう一つ、胡錦濤による政権運営が比較的安定していたのは、執行部のメンバーが新人ばかりで、政権運営能力をいかに高めるかが最大の課題だったことです。そのため政治的イノベーション、知的武装というテーマを掲げ、@中国政治・経済の緊急課題、A中国の長期的ビジョン、B世界情勢と経済の最新動向という三つのテーマに基づき、定期的に講師を招いて勉強会を行い経験不足を補ったのです。その効果が安定した政権運営を可能にしたわけです。リーマンショックのとき、金融危機の影響を最小限に抑えられたのも勉強会の賜物でした。
一方、習近平体制の政策運営は今後に期待されるところですが、胡錦濤より強い政策志向を打ち出すのではないかという見方です。習近平の経歴から分析した三つの政策予想は、@毛沢東の文化大革命路線への回帰はないこと。習近平の父、習仲勲は反革命分子と批判されて刑務所に入れられましたし、習近平自身も子供のころ農村部へ追放され、苦しい肉体労働を強いられていました。いわば親子とも文化大革命の被害者なのです。
A改革開放政策の続行。習近平は中央執行部に入る前、改革開放政策が先に進んでいた河北省、福建省、浙江省、上海市という沿岸地の書記を歴任し、四つの地域で実績を残していますし、父親は広東省書記として改革開放を最初に実践した人物です。つまり親子二代にわたって改革開放の実践者だということです。
B対米協調路線の外交。彼は過去五回アメリカを訪問し、歴代のリーダーを見ても極めて珍しい親米派と言われています。ただし、日本には強硬的な姿勢をとる可能性が高いことも考えられます。
◆習近平体制が引き継ぐ中国の時限爆弾
習近平体制には次の四つの課題があります。@政経乖離。中国の経済改革はこの数年間急ピッチで進んでいますが、政治改革はほとんど進んでいないため、今後、経済成長が持続するかどうかは政治改革にかかっています。
A国進民退。これは国民企業の躍進と民間企業の後退を意味します。特にリーマンショック以降、大規模な景気対策を発表しましたが、資金の多くは国有企業に流れました。民間企業の振興なしに、経済成長の持続はあり得ません。
B外強内弱。輸出に強く依存し内需が弱いことです。中国はEU、アメリカ、日本への輸出を毎年二〜三割増やしていましたが、いま日米欧はいずれも景気低迷で既に限界を迎えています。従って内需拡大が急務だということです。
C官腐民怨。役人が腐敗し、格差で国民の不満が募ることです。いま中国各地で散発的に農民暴動が発生 していますが、その背景にはいずれも格差問題と役人の腐敗が存在しています。中国には三つの格差があり、一つは沿海地域と内陸地域の格差です。最も豊かな地である上海と、貧しい地域との一人当りのGDP差は七倍以上ですから、中国の格差はいかに大きいかが分かります。二つ目は貧困層と富裕層の五〇倍以上の収入格差。三つ目は都市部と農村部の収入格差。政府の発表では三・三倍ということですが、実質的には六倍以上です。
この三つの格差問題を是正しない限り、中国は時限爆弾を抱えていると言わざるを得ません。最近のアンケート調査によれば、国民が最も怒りに感じている一位、二位は腐敗・汚職問題、それに格差問題ですから、まずこの二つを解決することが、習近平体制にとっては最大の課題です。
さらに、世界ナンバー1のアメリカにとって、ナンバー2となった中国は彼らを脅かす存在です。八〇年代に日本がナンバー2だった頃、アメリカの強烈なジャパンバッシングがありました。また、かつてのナンバー2だった旧ソ連もアメリカに叩かれて競争に負けたのです。今やナンバー2の大国となった中国に対し、今後はアメリカによるチャイナバッシングが始まるでしょうから、中国はこれにどう対応するかが大きな課題です。特に正式な政権交代期である二〇一三年三月までは、突発事件発生の可能性も考えられますから要注意です。二〇〇三年の新型肺炎(サーズ)事件や二〇〇八年のチベット暴動などが発生したのも、全て政権交代期でした。政権交代期は要注意時期だということです。
◆経済は減退したものの、失速はしない中国の底力
中国経済は現在、減速傾向にあります。輸出は二〇一一年は二割以上の伸びでしたが、一二年一ー一〇月期の伸びは僅か七・八%でした。急落の原因はユーロ危機です。また一一年は一四・四%だったEU向け輸出も、一二年一ー一〇月にはマイナス五・八%と二〇ポイントの下落です。その影響で中国輸出全体が鈍化しました。消費も投資も減速している。つまり中国は、経済成長の三代要素である輸出、消費、投資すべてが減速したのです。その結果、中国の経済成長率は一一年の九・三%から一二年の第3四期は七・四と急速に歯止めがかかっています。
そこで、中国経済の今後の予測ですが、結論から申し上げれば、一二年は減速傾向を避けられません。但し、減速は避けられなくても、失速の懸念もないと思います。経済学的には、中国が三ポイント以上の下落をすれば失速ですが、今年はそこまで落ちることはあり得ません。
その根拠として挙げられるのが、中国には財政出動の余地がまだ残されていることです。中国の財政黒字は日本円換算で一二年一ー八月期には一三兆円残っていますから、いざという時の財政出動が可能なのです。
そして投資も、八月から許認可の大規模な投資案件数が急速に増えましたので、その投資効果が数ヶ月後の第4四半期当たりからから出始めると思います。さらには減税措置で、一一年は個人所得税減税が実施され、一二年は企業減税を実施しているところです。加えて消費について政府は、エコ家電、エコカーなどに対して補助金を出すという消費刺激策を打ち出しています。また金融も、これまでは住宅バブル抑制ということで金融引き締め政策を実行してきましたが、もはや金融緩和に転換しています。具体的には六月、七月の二回にわたる利下げの実施です。これらの効果は第4四半期から間違いなく出てくると思います。従って、中国経済は底を抜け出して好転するというのが私の予測です。
◆人口構造問題が引き起こす中国経済への影響
二〇一三年以降の中国経済の見通しは、やはり厳しくなる可能性が高いと思います。そこに立ちはだかるのが人口構造問題の壁です。二〇一〇年に中国の生産年齢人口、つまり現役世代の人口はピークを迎えましたが、二〇一五年から減少に転じます。年少人口の比率は過去三〇年間で約半分に減りました。これは八〇年代から実施した一人っ子政策の結果です。世界の工場と呼ばれ続けてき中国も、生産年齢人口減少により成り立たなくなってきますし、今の住宅バブルも、現役世代の減少ではじける可能性があります。
そこで二つの問題が発生します。@生産過剰問題。特に鉄鋼、建築材料、建設機器、造船の四つの分野は要注意です。A労働力不足による労働コストの上昇。この労働力不足は既に沿海地域に出始めています。そのため政府は最低賃金制度の導入を行い、既に多くの地域では最低賃金が二割増になっています。日系企業を含む外資系企業の労働賃金は、過去五年間は倍増です。今後五年間も倍増が予想されますので、中国は世界の工場としてのメリットを失い、その結果、国際競争力も低下します。
日本企業の中国ビジネス戦略は、ほぼ中国の二桁成長を前提条件としていましたが、今後は一桁成長になりますので、世界の工場としての中国ではなく、世界の市場として中国と付き合って行く戦略が必要となってくるということです。
◆衝突する日中関係とその鍵を握るアメリカ
二〇一二年五月、尖閣諸島国有化をきっかけに中国で大規模な反日デモが発生しましたが、これは二つのナショナリズムの衝突です。中国は急ピッチな台頭期にあるナショナリズム、そして日本は長引く不景気によるナショナリズムです。歴史的に見ると、日中逆転の時期にナショナリズムが台頭し衝突が起きています。日清戦争の時は明治維新を迎えた日本が中国を逆転しました。そして今回、尖閣諸島を巡る問題で中国が日本を逆転しようとしています。
こうした外交問題の解決には四つの選択肢があると思います。@共同開発、A国際機関の調停、B問題を棚上げし外交問題にしない、C戦争衝突ですが、Cは最悪のシナリオで両国にとって何らメリットがありません。従って@?Bの選択肢の着地点ですが、これはアメリカにかかっています。つまり今後の日本はアメリカと親しく、中国とも仲良くする親米睦中という対応が最も大事だということです。
(講演日/二〇一二年一一月一四日 於/とみん神田ビル三階会議室)