【中国経済論談】
【中国経済論談】
大型景気刺激策発動 景気底入れの可能性も
中国ビジネス研究所代表、多摩大学大学院フェロー沈 才彬
今年9月下旬から中国株上海総合指数が連日に急騰を続け、2008年世界金融危機以降最大の上げ幅を記録した。その背景には中国政府の大型景気刺激策の発動があった。これによって、低迷が長引いた中国経済は、景気底入れの可能性が出てきた。
本稿は、大型景気刺激策発動のバックグラウンドや中身及びその影響について検証を行う。
●習近平主席が温家宝元首相と談笑する一枚の写真
さる9月30日、中国政府が主催する国慶節前夜の晩餐会が開かれた。習近平国家主席は隣に座る温家宝元首相と談笑する一枚の写真が、多くの人々を驚かせた。
周知のように、温家宝氏は首相在任中、2008年世界金融危機直後に4兆元(約60兆円)にのぼる大型景気刺激策を発動し、リーマンショックによる中国経済への影響を最小限に抑えることに成功した辣腕リーダーだった。
また、温氏は改革派のイメージが強い。彼は首相在任中、最後の記者会見にて「政治体制改革を行わなければ、これまで得た経済的成果を失うことになる」「文化大革命の悲劇を繰り返してはいけない」と発言し、警鐘を鳴らしたことが記憶に新しい。
一方、習近平国家主席はケ小平氏の改革・開放方針に逆行し、毛沢東時代の保守志向に回帰するイメージが強い。習と温は決して仲良しとは言えず、むしろ互いに敬遠し合う関係にあると見られる。
ところが、今年の国慶節前夜の晩餐会で、習主席は温家宝元首相を厚遇し、談笑する一幕があった。この一枚の写真は少なくとも2つのことを示唆している。1つは習近平主席が温元首相を厚遇することを通じて、党内の融和を図ろうとしている。現在、景気低迷の長期化によって、雇用や個人所得及び国家財政が大幅に悪化している。政府の失策や無作為に対し、生活に苦しむ国民のみならず、長老たちを含む党内の不平不満も蓄積され、習主席はかつてないほど大きな圧力を受けている。彼はこれまで敬遠してきた長老たちとの緊張関係を緩和させ、党内からのプレッシャーを軽減しようとしている。
2つ目は経済悪化で不動産、金融、地方債という3大リスクに直面している習近平政権は、危機感を強め、思い切った大型景気対策が必要と認識している。そのために、習氏は2008年世界金融危機の際に辣腕を振るって中国への連鎖反応を断ち切った温家宝元首相に助言を求め、温氏も積極的に応じた可能性が高い。
●習近平政権を脅かす経済不況
現在、中国経済は極めて厳しい局面が続き、崖ぶちに立っていると言っても言い過ぎではない。
まずGDP(国内総生産)のデータを見よう。政府発表によれば、第3四半期(7~9月)のGDP成長率が4.6%で、1Q5.2%、2Q4.7%に比べ2期連続で低下し、政府目標の5%を下回っている。
GDP成長をけん引する3大要素である消費、投資、輸出も不振が続いている。前年同期に比べ、今年1〜9月消費の小売り総額は3.3%増、投資が3.4%増(うち民間投資▼0.2%)、輸出4.3%増(うち9月2.4%増)にとどまり、どの数字も同期のGDP成長率4.8%を下回っている。政府発表のGDP統計数字の信ぴょう性が疑われる。
特に深刻なのは不動産バブル崩壊によるデフレの進行だ。不動産バブルが崩壊したのは2022年。その年、不動産開発投資が前年比で▼10%、住宅販売面積▼26.8%、販売金額▼28.3%と、いずれも大幅に下落している。翌年の23年にも、それぞれ▼9.6%、▼8.2%、▼6.5%と下落が続く。そして、今年1〜9月に不動産開発投資が▼10.1%、住宅販売面積▼19.2%、販売金額▼24%と、市況が更に悪化している。深刻な不況によって碧桂園、恒大集団など多くの不動産大手企業が相次いで経営破綻に陥っている。
建設業を含む不動産産業が全国GDPの約3割を占める。深刻な不動産不況によって、マイナスの連鎖反応が起きている。
まずは地方政府の財政悪化である。これまでほとんどの地方政府の財政は主に土地(使用権)売買によって得た収入で賄ってきた。しかし、不動産バブルの崩壊によって、土地売買収入が激減し、多くの地方政府は巨額の財政赤字を抱えている。各地の財政統計によれば、今年1〜7月、全国31省・直轄市、自治区のうち、上海市だけは703億元の財政黒字だったが、ほかは全て赤字に転落。うち、四川省4130億元、広東省2000億元超、北京市約1000億元の赤字を記録している。政府に金がないため、多くの公共事業プロジェクトが停止に追い込まれ、一部の地方政府関連部門では給料さえ払えない事態が発生している。
次は金融リスクの増大だ。ほとんどの不動産企業は銀行からの融資に依存している。しかし、長引く不動産不況は金融機関の収益を圧迫し、不良債権率の上昇を招く。今年1〜6月、工商銀行、建設銀行、中国銀行、農業銀行、交通銀行、郵貯銀行など中国6大国有商業銀行のうち、農業銀行を除く5行は減収減益に転落し、人員削減に追い込まれた。工商銀行10,561人をはじめ、6行合計で2万3830人、上場銀行を含むと3万4289人が削減され、銀行業251万人従業員の1.4%に相当する。同時に減給も実施している。今年上半期、銀行員の平均月給は887元(約1万8600円)も減少した。
不動産不況や景気低迷の長期化によって、中国経済は深刻なデフレ状態に陥っている。国家統計局の発表によれば、今年9月の消費者物価指数(CPI)が前年同月比で0.4%上昇、7月以降最低を記録。生産者物価指数(PPI)が▼2.8%、24カ月連続でマイナスを記録。景気悪化、デフレ進行で失業者が急増している。7月の失業率5.2%、うち若者(16〜24歳)の失業率が17.1%にのぼる。失業者の急増は社会不安定をもたらし、凶悪犯罪の急増にも繋がり、各地の刑務所は満員超過が続出している。
要するには、中国経済は今、崖ぶちに立っており、このままでは今年5%成長という政府目標の実現は絶望的だ。共産党一党支配の正当性が経済成長にあるが、景気低迷の長期化及びデフレの進行は今、習近平政権を脅かしている。
●大型景気刺激策の主な内容
習近平政権も中国経済の厳しい現実を認識している。9月26日に中国共産党は中央政治局会議を開いて目下の経済情勢について議論した。国営新華社通信によれば、会議では「困難を正視し、経済への責任感と緊迫感を強めなければいけない」と危機感をあらわにした。今年5%前後の成長目標を達成させるために、「財政・金融政策の景気下支えを強めなければいけない」として、次の7つの対策を打ち出した。
@ 超長期国債や地方債の発行による財政資金の投入
A (商業銀行が中央銀行に預かる)預金準備金率の引き下げ
B 政策金利の引き下げ
C 住宅ローンの利下げ、不動産市場の下落に歯止めをかける
D 資本市場の活性化
E 民間企業促進策
F 低所得者・失業者支援策
これに先立って、中国人民銀行は24日に大幅な金融緩和策を発表した。その中身は次の通り。
@ 預金準備金率を0.5ポイント引き下げる。これによって、1兆元(約21兆円)の資金が市場に供給される。状況次第で、年内にさらに0.25〜0.5ポイント引き下げる。
A 政策金利を1.7%から1.5%へと0.2ポイント引き下げる。
B 住宅ローンの金利を0.5ポイント引き下げる。2軒目の住宅購入時の最低頭金比率を25%から15%へと引き下げる。
C 5000億元(10兆円超)のスワッププログラムを通じて、証券会社・ファンド・保険会社による株式購入に資金を提供する。
D 上場企業や主要株主による自社株買い戻しや株式保有率の引き上げを支援するため、3000億元(6兆円超)の再融資制度を創設する。
同日に、国家金融監督総局は金融リスクを予防するために、6大国有商業銀行に公的資金を注入すると発表した。
中国財務省も10月に12日に記者会見を行い、国債の大幅な増発を通じて国有企業の資本増強や不動産業界の支援、消費喚起をはかると説明した。国債の発行規模を明らかにしていないが、市場は少なくとも2兆元(約42兆円)以上と予想している。
続いて17日、不動産政策を担う住宅都市農村建設省は、都市部の老朽化した住宅100万戸を買い取り、家主に新たな住宅に住み替えてもらう政策を発表した。100万戸の家主に対し、政府は金銭的な補償を行う。
一連の景気刺激策によって、中国経済にプラス影響を与えることは明白だ。
●景気底入れの可能性も
それでは大型景気対策は一体、市場及び実体経済にどのような影響をもたらすか?
一番先に反応したのは、景気の先行きに敏感な株式市場だ。次頁表1に示すように、上海総合株価指数は、9月24日から連日急騰し、10月8日に3489.8ポイント、終値ベースで今年最高値を更新した。6営業日で26.9%も上昇し、2008年世界金融危機以降最大の上げ幅を記録した。その後、急騰に対する反動もあって、株価は若干調整しているものの、3300ポイントを挟んで動いでいる。今後、金融緩和策の追加発表と実施によって、株価がさらに上昇する余地があると一般的に見られる。
表1 上海総合株価指数の推移
日付 上海総合指数 上昇率(%)
9月23日 2748.9 0.44%
9月24日 2863.1 4.15%
9月25日 2896.3 1.16%
9月26日 3000.9 3.61%
9月27日 3087.5 2.88%
9月30日 3336.5 8.06%
10月8日 3489.8 4.59%
10月9日 3268.8 -6.62%
10月10日 3301.9 1.32%
10月11日 3217.7 -2.55%
10月14日 3284.3 2.07%
10月15日 3201.3 -2.07%
10月16日 3202.9 0.05%
10月17日 3169.4 -1.05%
10月18日 3261.6 2.91%
出所)上海証券取引場データにより筆者が作成。
二番目にプラス効果が出たのは不動産市場だ。政府の一連の不動産振興策によって、不況に歯止めをかけ、第4四半期からは住宅販売面積も販売金額も改善に転じる可能性が高い。不動産研究機関の中指研究院のデータによれば、今年10月に中国不動産企業上位100社の売上が前年同月比で10.53%増となり、連続19ヵ月減少した後に初めてプラス成長に転じた。不動産市況の改善に伴い、地方政府の財政も金融機関もその恩恵を受けることになる。
ただし、実体経済への波及効果が遅れる。早ければ第4四半期に効果が表れると、市場が予想している。実際、10月31日中国国家統計局の発表によれば、景況感を示す製造業購買担当者指数(PMI)が10月は50・1となり、好不況を判断する節目である「50」を6カ月ぶりに上回った。内需改善を伴う本格的な景気回復に繋がれば、景気の底入れも確認できるかも知れない。
中国経済の好転は日本経済にもプラス影響がもたらされる。景気低迷から脱却すれば、中国進出日系企業の業績が改善される。国内消費が拡大すれば、日本から中国への輸出も増える。
全体的に中国経済の見通しは前より明るくなると、筆者が見ている。 (了)