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【中国経済論談】
【中国経済論談】
北京五輪VS東京五輪 差別化を狙う習近平政権

(日本経営合理化協会「社長のための中国経済コラム」第145話(2021年7月28日配信)

中国ビジネス研究所代表、多摩大学大学院フェロー 沈 才彬

7月23日、1年延期された東京オリンピックは幕を開け、各国選手の熱戦が始まった。コロナ感染が拡大するなか、選手たちの健闘ぶりは印象的で、閉幕まで熱く応援していきたい。

ただし残念と思うことは2つある。1つ目は選手たちの熱戦があっても会場の熱気がない。日本政府は8日に、コロナ感染拡大のため、東京都に対し7月12日から8月22日まで緊急事態宣言を発令し、東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県の会場はすべて観客を入れずに開催されることを決定したからだ。近くで一流アスリートたちを見ることも応援することもできないのは、多くの国民にとって、とても残念だ。

2つ目は五輪開催をめぐる国民の分断だ。東京オリンピック無観客開催決定後、7月12日読売新聞の世論調査によれば、「中止すべき」と答えた人は41%にのぼる。朝日新聞が17、18日に行われた世論調査では、今夏の五輪開催に賛成33%、反対55%の方が多かった。スポーツ祭典なのに、国論を二分した残念な結果となる。

東京五輪は「緊急事態宣言下の五輪」、「無観客の五輪」、「国民分断の五輪」として、オリンピック大会の歴史に残るだろう。

一方、北京冬季オリンピックは、来年2月4〜20日の日程で開催される。習近平政権はあくまでも「平時の五輪」「有観客の五輪」「国民結束の五輪」を目指し、東京五輪との差別化を狙う。

◆「平時の五輪」VS「有事の五輪」

 東京オリンピック・パラリンピック開催期間(7月23日〜8月22日)中に、緊急事態宣言を発動するのは普通にはないが、新型コロナ感染者数が急増するなかで、やむを得ない選択といえる。「人類が新型コロナウイルス感染症に打ち勝った証しとして、完全な形で東京五輪・パラリンピックを開催する」と宣言した日本政府にとっては、苦渋の決断に違いない。

 日本政府を「有事の開催」という苦境に追い込んだのは、言うまでもなく新型コロナの感染事情である。まん延防止措置の発動にもかかわらず、東京都のコロナ感染者数は一向減少せず、逆に急増している。

デルタ株(インド型コロナウイルス)の拡散、ワクチン接種の遅れ、予防対策の不徹底さなどによって、6月28日から政府決断の7月8日まで、東京都の新型コロナ感染者数は11日連続で前の週より増加を続けてきた。特に14日より、4日連続で1日の感染者が第4波のピークだった1121人(5月8日)を上回る。前の週の同じ曜日に比べて増えたのは、五輪開催の23日時点で34日連続となった。

結局、日本は東京五輪開催まで新型コロナに打ち勝つことができなかった。第4回目の東京都緊急事態宣言が発動され、一年延期された五輪開催も「有事の開催」を選択せざるを得なかった。

一方、中国の習近平国家主席は5月7日、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長と電話会談し、来年の北京冬季五輪について「予定通り開催し、成功させる自信に満ちている」と述べた。その背景には、コロナ感染拡大防止の成功がある。

 昨年4月武漢封鎖解除以降、中国はコロナ感染拡大の抑え込みに成功している。全国的に見れば、局部的・散発的な新規感染発生があったが、ロックタウンなど強力的な感染対策によって、広がりが抑えられ、いずれも短期間で終息できた。

例えば、広東省だ。今年5月21日に広州市に70代の女性が新たにコロナ感染を確認され、同省コロナ感染拡大第2波のきっかけとなった。その後、深?、茂名、仏山、湛江、東莞などの都市に波及し、6月21日まで、省内新規感染者が累計で190人にのぼる。だが、感染地域のロックタウン、全員PCR検査、濃厚接触者の隔離、早期の治療など強力な対応策によって、広東省はコロナの感染拡大に打ち勝つことができ、6月22日に本土新規感染者がゼロとなった。7月18日まで、広東省は26日連続で新規感染者ゼロの記録をキープしている。

 また、ミャンマーに隣接する雲南省では、国境都市・麗水市在住の密入国者のコロナ感染を発端に小人数の感染が確認された。しかし、徹底したコロナ対策のため、今収束に向かっている。

江蘇省では7月20日に南京空港にクラスターが発生し、7月25日まで57人の陽性感染者が確認された。これまでの経験測によれば、強力な対応策を取れば、大体1か月間で終息するだろう。

肝心なのは冬季五輪会場の北京市では今年1月3日以降、本土コロナ感染者ゼロの状態が続いている。試合のメイン会場の所在地である河北省では今年3月3日以降、新規感染者ゼロ、無症状陽性感染者ゼロ、コロナ入院患者ゼロ、隔離中の濃厚接触者ゼロの記録をキープしている。

 ワクチンの接種も毎日1,000万人超で急速に行われている。7月24日まで既にワクチン接種が15億回を突破し、成人のほとんどが接種済だ。

要するに、コロナ抑制もワクチン接種も中国と日本は対照的だ。これは正に習近平政権が北京冬季五輪開催の成功に自信を示し、東京五輪との差別化を狙う最も重要な要素と思う。

◆有観客の五輪VS無観客の五輪

東京五輪は、東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県の会場はすべて観客を入れずに開催されることが決まり、北海道、福島の会場も無観客開催を決定した。サッカー競技が行われる茨城県は、「学校連携観戦プログラム」に申し込んだ県内の小中高生に限って観戦を認める方針で、一般客の観戦は認めない。実質的に有観客開催を決めたのは宮城、静岡2県だけ。チケット販売の単位で言うと、全体の97%が無観客だ。

一方、中国政府はあくまでも、観客を集めて北京冬季五輪を成功させる方針だ。22年秋には5年に1度の中国共産党全国大会が開かれる。世界2位の経済大国として国際社会での存在感を高めるためにも、観客を集めて北京五輪を開催し成功させる必要がある。

実は、実質的な有観客五輪開催の予備演習は7月1日に北京で行われた、7万人が参加した中国共産党創立100年周年式典だった。

筆者はその日に、式典のテレビ中継をネットで見ていた。日本のマスコミは、習近平総書記(国家主席)のアメリカを念頭に外部勢力に対する強硬発言に焦点を当てていたが、筆者は、マスクをつけないまま共産党の百寿を祝う式典参加者の様子に注目している。

筆者はこの大規模集会によってコロナウイルスが拡散するのではないかと心配し、式典以降の中国新型コロナの新規確認感染者数の推移を見守ってきた。

結果から言うと、7月1日から17日までの17日間、北京市の市中コロナ感染者がゼロ、ミャンマーに隣接する雲南省を除くほかの地域も新規市中感染者ゼロの記録をキープしている。結局、筆者の心配は杞憂に終わった。

もちろん、北京冬季五輪の開幕式は北京市の「鳥の巣スタジアム」で行われる予定なので、観客はマスクをつけるだろう。

有観客VS無観客。国民の臨場感と躍動感は決定的に違う。これは北京五輪と東京五輪の最大の相違かも知れない。

◆国民結束の五輪VS国民分断の五輪

 コロナ感染拡大がとどまらない中、東京五輪の開催をめぐり、日本の国論が二分している。

5月24日、朝日新聞朝刊には「夏の東京五輪 中止の決断を首相に求める」を題とする社説が掲載された。

それに対し、安倍前首相は6月25日発売の月刊誌「Hanada」(飛鳥新社)に掲載された、ジャーナリスト・櫻井よしこ氏との対談で、「歴史認識などで一部から反日的ではないかと批判されている人たちが、今回の開催に強く反対している」と、朝日新聞を強く批判している。

ところが、“反日的な人が五輪に反対している”と決めつけるような安倍氏の発言に、ネット上では批判の声が殺到している。この背景には、五輪開催を「中止すべき」と考えている国民が3割強5割弱いる。

今年6月に行われたマスコミ各社の世論調査によれば、五輪開催の可否について「中止すべき」と答えた国民は、それぞれNHK31%、朝日新聞は33%、時事通信社40.7%、読売新聞48%となっている。

天皇陛下も東京五輪を巡る情勢として、現下の新型コロナウイルス感染症の感染状況を大変ご心配しておられるようだった。6月24日、宮内庁の西村泰彦長官が定例会見で、「天皇陛下が新型コロナウイルス感染拡大について懸念されている」と言及。次のように述べた。

「国民の間に不安の声がある中で、ご自身が名誉総裁をお務めになるオリンピック・パラリンピックの開催が感染拡大につながらないか、ご懸念されている、ご心配であると拝察しています」。

7月8日、政府は東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県の五輪会場がすべて観客を入れずに開催されることを決定した以降も、読売新聞の世論調査では「中止すべき」と主張する国民が4割を超え、朝日新聞の世論調査では55%の人たちが開催反対だ。

寡聞かも知れないが、こうした国内世論を二分する五輪開催は、多分オリンピック史上初の出来事と思う。

一方、中国は共産党一党支配の国であり、新聞の自由がないため、政府の意向に反する世論調査が存在しない。従って、どの程度の国民が北京冬季五輪の開催に反対するかがわからない。ただし、愛国主義教育が強化される中、国民が結束して北京冬季五輪を迎えることは間違いないと思う。

◆愛国主義の五輪VS民主主義の五輪

もし東京五輪は低調に終われば、五輪開催にこだわる菅政権に大きなダメージを与えるのみならず、アメリカをはじめとするG7にも打撃を与えかねない。日本のバックには、G7が立っているからだ。

6月11〜13日に英コーンウォールで開催された主要7カ国首脳会議(G7サミット)の共同声明では「我々は世界統合と新型コロナ克服の象徴として、2020東京オリンピック・パラリンピックを 安全で安心できる方式で開催することを支持する」という内容が盛り込まれた。

 アメリカのバイデン大統領は、米中対立を「民主主義と専制主義の戦い」と位置づける。この文脈で、アメリカは米中対立の最前線に立つ日本をバックアップし、東京五輪の開催を支持している。

 仮にコロナの影響で東京五輪は低調に終わった場合、日本をバックアップするアメリカにもダメージを与えかねない。民主主義へのダメージを最小限に抑えるためにも、「専制主義の国」とされる中国の五輪開催をボイコットするよう、同盟国に呼びかけるだろう。

 一方、中国では、もともと冬のスポーツが国民にとって馴染みが薄く、北京冬季五輪からは2008年夏の北京五輪のような躍動感は見えてこない。だが、欧米議会による、中国の人権侵害を理由に採択される北京冬季五輪ボイコット決議や呼びかけは、逆に中国国民の関心度を高め、愛国主義を高揚させる効果をもたらすことになる。

 北京五輪VS東京五輪。愛国主義VS民主主義。米中対立が激化するなか、二大スポーツ祭典は益々政治色を帯びてくる。(了)