【中国経済論談】
【中国経済論談】
収束を迎えつつある中国の新型コロナ肺炎
(日本経営合理化協会「社長のための中国経済コラム」第129話(2020年 3月18日配信)
中国ビジネス研究所代表、多摩大学大学院フェロー 沈 才彬
中国湖北省武漢市で発生した新型コロナウイルス肺炎は、「武漢封鎖」という強力的な措置の発動、国挙げての支援体制の確立などの政府対策が奏功し、いま収束の局面を迎えつつある。
◆入国感染者を除く国内感染者が6日連続で1桁増
中国政府衛生部門の発表によれば、3月16日時点で入国感染者を除く国内新型コロナ肺炎感染者は6日連続で1桁にとどまり、武漢所在の湖北省を除けば、ほかの地域の新規感染者が5日連続でゼロになっている。ピーク時の一日感染者数が15000人(2月12日)を超える状況を考えれば、感染者数が劇的に減少し、中国は感染拡大の封じ込めにまずまずの成功を収めたと言える。
3月16日現在、中国のコロナウイルス肺炎感染者は累計で8万881人に上り、回復退院患者が6万8679人に達し、治癒率が84.9%。全国の死者数は3231人で致死率が3.99%。コロナウイルス肺炎発生地の武漢市では累計感染者数5万人超で全国の62%、死者2480人で全国の77%を占める。武漢市の致死率が4.9%だが、武漢所在の湖北省を除く中国の致死率が0.91%にとどまっている。
2003年SARS(新型肺炎)に比べれば、新型コロナ肺炎の感染者数が15倍、死者数が9倍となっているが、致死率がSARS(7%)より低い。感染力が強いが致死率が低いのは、コロナウイルスの特徴とも言える。
ここに特筆すべきなのは、筆者の故郷・江蘇省である。同省は2月24日から既に21日連続で新規感染者ゼロを実現し、3月14日に最後の入院患者が退院し、これまで累計631人の新型肺炎患者が治癒された(表1を参照)。死者がゼロで、治癒率が100%にのぼり、奇跡と言わざるを得ない。
◆中国と世界の「3つの逆転」
3月11日、世界で猛威を振う新型コロナウイルス肺炎について、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は「パンでミック(世界的な大流行)」と宣言した。これまで中国は新型コロナ肺炎感染の中心地だったが、今は欧州が感染拡大の中心地となっている。3月16日現在、世界全体で1万人超の感染が新たに確認されたが、そのうちの大半はイタリア、スペイン、ドイツ、フランスなど欧州諸国が占める。16日時点で累計感染者1000人を超える国は合計で16カ国だが、欧州が11カ国を占め、事態の厳しさが伺える。
新型コロナウイルス感染について、中国と世界の間に今、「3つの逆転」が起きている。まずは新規感染者の逆転である。2月26日、中国の新規感染者は440人、中国を除く世界は459人。新規感染者数は世界が初めて中国を超えた。
当初、感染の中心地だった中国。しかし感染拡大の封じ込めにまずまずの成功を収めた現在、逆に「安全な所」と見なされ、感染者の「逆流」現象が起きている。3月13日に感染者11人のうち、7人が入国感染者。14日に20人のうち16人、15日に16人のうち12人、16日21人のうち20人が入国感染者だった。3月16日まで、入国感染者は累計で143人にのぼる。いかに水際で感染を防ぐかが中国政府の新たな課題となっている。
◆共産党一党支配の弱みと強み
今回の新型コロナウイルス肺炎の対応に当たって、共産党一党支配の弱みも強みも明らかになった。
前回の中国経済コラム第128話の中で述べたように、「上無指示、下不幹事」(上から指示がなければ、下は仕事しない)という官僚システムの弊害や地方政府の情報隠しなどによって、新型コロナ肺炎対応の初動が遅かった。結果的に感染拡大に繋がった。これは正に共産党一党支配の弱みである。
しかし、中央執行部が一旦決断すれば、日米欧諸国のような民主主義コストを払わずに迅速に行動することができる。挙国体制の構築によって、感染拡大の封じ込めに繋がった。これは正に共産党一党支配の強みと言える。
習近平政権は1月22日、呼吸器分野の権威・鐘南山医師氏らトップ級の専門家の意見を受け入れ、コロナウイルス封じ込めのために前例がない「武漢封鎖」を決断した。23日10時より1400万人口を有する武漢市は陸路・水路・空路の交通を一斉中断させ、「都市封鎖」が実施された。1000万人の武漢市民が自宅にとどまるようになった。
それと同時、習政権は「戦時体制」を敷き、全国の人的・物的・財的資源を総動員し、武漢支援に動き出す。同日より、武漢市民に対し、新型コロナウイルスの無料検査と感染者の無料治療を実施する。やがて、この方策が全国に拡大し、すべての費用は政府財政が賄う。
習主席の大号令の下で、同月24日から29日まで全国各地から4万2000人の医療隊員が武漢に派遣され、崩壊寸前の武漢医療システムをサポートしてきた。また、突貫工事で2週間のうちに、武漢市内で2つの新型肺炎治療専門病院を完成させ、数千人規模の収容体制ができた。さらに、16ヵ所の既存施設を改造し、臨時病院として軽症患者の治療に当たり、患者の収容・治療体制は大幅に拡大された。3月10日に最後の患者の退院をもって、16ヵ所の臨時病院は全部閉鎖されたが、累計で1万2000人の軽症患者を受け入れた。武漢患者の4人に1人は臨時病院で治療されたという。共産党一党支配の中国ならではの対応策である。
こうした習近平政権の一連の強力的な措置が奏功し、武漢市を含む湖北省の新規感染者数はピーク時の一日1万4840人(2月2日)から3月16日時点で1人までに激減した。
ちなみに、新型コロナウイルスのため、武漢市だけで5万人超が感染確認され、2480人が尊い命を落とした。感染拡大の深刻さが窺える。また、「武漢封鎖」のため、1000万人の市民が事実上隔離され、不自由な環境下で生活し、苦難極まる日々を送っている。武漢市民が払った犠牲はあまりにも大きい。
◆「国際支援受け入れ国」から「支援国」へ
当初、中国が新型コロナウイルス肺炎感染の中心地となり、国民が困った際、日本をはじめ多くの国や民間企業は中国に多大な支援を行い、中国人を感動させた。
現在、コロナウイルス感染が収束の局面を迎えつつあるため、中国には感染拡大にある国々を支援する余裕が出てきた。
実際、中国は感染拡大中の国を支援する動きが活発化している。日本側の中国支援に対する「恩返し」として、3月1日に中国大使館は一部の検査キットの無償提供に続き、防護服5000セット、マスク10万枚を日本側に寄贈した。3月8日、中国東北部の瀋陽市は友好都市の札幌市にマスク25000枚、川崎市に防護服1000セットをそれぞれ寄贈した。12日、北京市政府は東京、横浜、ソウル、テヘランなどの友好都市に、防護服20万セット、手袋20万セット、靴カバー10万セット、使い捨て帽子20万枚、消毒用ジェル6800本、遺伝子検査試剤5000人分、体温自動識別設備25台、一体治療型呼吸器2台、中国薬製剤2000箱を寄贈することを明らかにした。
中国の民間企業も日本支援に動き出した。中国ネット通販の最大手アリババの創業者ジャク・マー氏は二階自民党幹事長宛に100万枚のマスクを日本側に寄贈し、箱には「青山一道、同担風雨」(青山が一道なれば、同じく風雨を担う)という漢詩が添付され、日本国民と一緒に厳しい試練を乗り越える決意と心温かい支援が伝えられ、多くの日本人を感動させた。
また、中国政府は感染拡大の状況にあるイタリアやイラン及びイラクなど3カ国にそれぞれ医療チームを派遣した。フィリピンへの医療チーム派遣も検討中という。
要するに、中国は国際支援受け入れ国から支援国に転換している。これは嘗て中国を支援した国々への「恩返し」でもある。
◆日本は中国の医療現場経験を参考にすべきだ
現在、米国や欧州及び韓国は新型コロナ肺炎の治療をめぐり、積極的に中国の専門家や政府当局と情報交換、治療経験の交流及び協力強化を行っている。
3月3日、中国のトップ級専門家の鐘南山医師チームはヨーロッパ呼吸器学会の要請に応じ、同学会の会長らとネットテレビ会議を行い、情報と意見を交換し、両者の協力強化に合意した。
12日、鐘氏ら中国の専門家たちは米ハーバード大学医学院長、マサチューセッツ大学(MIT)総合病院研究室主任らとテレビ会議を開き、新型コロナウイルス抑制の見通し、検査と治療の経験や難点をめぐって活発な意見交換を行った。
13日、韓国政府は中国との間で「新型コロナウイルス肺炎共同対処協力メカニズム」を発足させた。
日本も中国の専門家たちと積極的に情報交換を行い、中国医療現場の経験を参考にする必要があると思う。
現在、日本各地で新型コロナウイルス肺炎感染が広がり、医療現場で医師や看護師の感染確認が後を絶たない。医療関係者は自分の安全をどう守るかが大きな課題となっている。
前にも述べたように、武漢支援のため中国の各地から4万2000人が現地に派遣された。毎日、入院患者と接触しながら、コロナウイルスと闘う中、医療関係者自身も自分の安全を守らなければならない。徹底的な防護対策を講じた結果、感染者ゼロという奇跡が起きた。この貴重な現場経験を日本の医療関係者が学ぶべきではないか、と筆者は思う。
◆終息はいつになるか?
前述のように、中国ではいま新型コロナウイルス肺炎感染の収束局面を迎えつつある。しかし、「収束」はイコール「終息」ではない。「収束」とは人間の力によって、ウイルスを抑え込み、感染者が極端に減少することを指している。対して「終息」とは、ウイルスの消滅によって感染者がゼロになることを言う。両者の違いは明白だ。
現在、中国では確かに感染者が劇的に減少しているが、次の3つの理由で完全に終息するまで時間がかかると思う。
1つ目はウイルスの病原さえ見付かっていない。一体、新型コロナウイルスはどこから来たか?またどこに行ったか?今のところはまだ分からない。
2つ目は新型コロナウイルスのワクチンも治療用の特効薬も開発されていない。
3つ目は感染のグローバル化である。一国だけでは完全にコロナウイルス感染を封じ込めることができない。実際、過去一週間、中国で新たに感染が確認された患者のほとんどは入国者たちである。
新型コロナウイルス肺炎の行方について、前出の鐘南山医師は「各国が国レベルでの対策を講じる」ことを前提に、中国では「6月下旬に終息するだろう」と予測している。鐘氏の予測通りに、中国は新型コロナウイルス肺炎感染の終息を迎えるかどうか? 世界は今、中国の動きを見守っている。(了)