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【中国経済論談】
【中国経済論談】
米中「貿易戦争」の背景と今後の展望

(株)中国ビジネス研究所代表、多摩大学大学院フェロー 沈 才彬

●要旨

 トランプ氏が仕掛けた米中「貿易戦争」は一見すれば彼の短絡かつ軽率な行動と思われがちだが、実際は短期的に対中赤字構造を是正し、中期的に中国技術の米国超えを防ぎ、長期的にGDPの米中逆転を阻止するという氏の深謀遠慮の結果と言えよう。たとえ双方の歩み寄りによって、短期的に貿易戦争が回避されたとしても、中長期的には米中技術覇権の争いや経済覇権の争奪は不可避と見ていい。今回の摩擦は米中「経済戦争」の序章に過ぎない。

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 今年4月3日、トランプ政権は中国の知的財産侵害を理由に産業機械など1300品目、総額500億ドルに上る中国製品に25%の関税をかける方針を発表した。それに対し、中国政府は即座に報復措置を取り、翌日の4日に米国産大豆、飛行機、自動車など500億ドルに上る106品目に25%の追加関税を準備すると発表。これによって、世界1位の米国と2位中国の間に「貿易戦争」が一触即発の状態となり、世界経済及び国際金融市場に深刻な懸念を及ぼしている。

 それではなぜトランプ政権は中国に「貿易戦争」を仕掛けるか? その深層底流には何があったのか?行方はどうなるか? 本文は客観的に分析を進めたい。

●対中貿易赤字是正が表向きの理由

 トランプ氏が敢えて中国に「貿易戦争」を仕掛けたのは、彼の短絡かつ軽率な行動ではなく、むしろ深謀遠慮の結果と言えよう。筆者は、トランプ政権の思惑は短期的に対中貿易赤字の是正、中期的に中国技術の米国超えの防止、長期的にGDPの米中逆転の阻止にあると思う。

 まずトランプ政権の短期的な思惑である対中貿易赤字の是正について説明する。2001年WTO加盟以降、中国の対米輸出も対米貿易黒字も急増している。中国側の貿易統計によれば、2002-17年、中国の米国向け輸出と貿易黒字はいずれも6倍増となり、15年間の対米貿易黒字累計額は2兆7268億jにのぼる。同時期中国の外貨保有高は2864億米ドルから3兆1399億ドルへと2兆8535億ドルも増えたが、実は増加分の96%が対米貿易黒字による貢献である。

 トランプ氏は最近、「過去25年間、アメリカは中国の再建を助けた」と発言している。多少大げさの言い方だが、まったく無根拠とは言い切れない。

 特に2017年、貿易赤字の是正を掲げるトランプ政権が発足したこの年、中国の対米貿易黒字が減少ではなく、前年に比べて250億ドルも増え、史上最高の2758億ドルに上る。

 一方、米国側の統計によれば、2017年の対中貿易赤字は記録を更新し、前年比8.1%増の3752億ドルと赤字全体の半分近くを占める。

 対中貿易赤字の増加は、トランプ氏の我慢の臨界点を超え、一気に不満を爆発させた形で、中国に対し1000億ドルの貿易赤字削減が要求された。さらに11月に米国の中間選挙を控え、トランプ政権は中国に対し強硬姿勢を取らざるを得ぬ国内事情がある。これは米中貿易戦争の近因と見られる。

●本質は技術覇権の争奪にあり

 現在、米中摩擦は一見すれば「貿易戦争」の様相を示しているが、本質的には技術分野における米中間の主導権争いであり、経済覇権の争奪と見ていい。

 トランプ政権の本当の思惑は、4月3日に発表した産業機械など1300品目、総額500億ドルに上る中国製品制裁リストを見れば一目瞭然となる。

 米国側の対中制裁の主な対象品目は次の10分野に集中している。

@通信設備

A産業用ロボット、工作機械

B航空機とその部品

C船舶・タンカー

D鉄道車両と鉄道部品

E省エネ自動車

Fタービン・発電器

G農業・林業用機械とその部品

H化学品

I医療機器

上記主な制裁品目は、中国政府が発表した国家戦略「中国製造2025」で掲げる下記10大重点産業分野と完全に一致している。言い換えれば、トランプ政権は中国政府がいま人的・財的資源を重点的に投入する10大産業分野を狙い撃ちしている。米国通商代表部(USTR)もその狙いを隠さず、「『中国製造2025』に基づいて特定した」と表明した。今回の米中摩擦は実に、第四次産業革命に対する米中間の主導権争いの色彩は濃厚であることが明白だ。

@次世代情報技術産業(IT)

Aハイエンドデジタル工作機械とロボット産業

B航空・宇宙産業

C海洋エンジニア設備とハイテク船舶産業

D先端レール交通設備産業

E省エネ・新エネルギー車産業

F電力設備産業

G農業機械産業

H新素材産業

Iバイオ製薬と高機能医療機械産業

 それでは、なぜトランプ政権は中国の国家戦略「中国製造2025」を脅威と見なしているか?一言で言えば、技術分野におけるアメリカの既存の優位性は「中国製造2025」に大いに脅かされているからだ。

 実際、中国政府は「中国製造2025」で次の三段階目標を掲げている。第一段階は2025年まで製造業大国から製造業強国への転換を実現させ、製造業のデジタル化、ネットワーク化、スマート化を著しく進展させる。

 第二段階は2035年まで世界製造業強国(イメージとしてG7―筆者注)の中等レベルに到達し、イノベーション能力と国際競争力を高め、工業化を完成させる。

 第三段階は建国100周年に当たる2049年まで世界製造業強国の先頭を走り、主要分野ではイノベーション能力と国際競争力の優位性を確立し、世界をリードする技術と産業システムを成し遂げる。

 仮に上記青写真を文字通りに実現すれば、中国は2049年まで米国を超越し、完全に技術覇権を手に入れるだろう。技術分野の米中逆転を絶対に許さない米国にとっては、覇権の転落は到底容認できない。米国の悪夢とも言えるこのシナリオを回避するために、アメリカは先手を打たなければならない。これは今回のトランプ政権が仕掛けた米中「貿易戦争」の本質的な部分だと思う。

●米中逆転阻止はトランプ政権の至上命令だ

 中国に「貿易戦争」を仕掛けるトランプ政権は長期的には、中国の急速な台頭を抑え、GDPの米中逆転を阻止して米国の覇権を維持するという思惑がとけて見える。言い換えれば、米中逆転阻止はトランプ政権の至上命令だ。

 近年、中国の急速な台頭は地政学的な地盤変化をもたらし、米国の覇権を脅かしている。インフラ整備、貿易総額、鉱工業生産、外貨保有高など数多くの分野で、中国は既に米国を凌駕し、世界最大規模を誇る。中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)や「一帯一路」などは、米国主導の既存国際体制に挑戦し、勢いを増している。中国はもはや米国の「戦略的パートナー」ではなく、「長期的な戦略的競争相手」であるという認識は、いま米国内のコンセンサスとなっている。

 これまでの経験則によれば、一国のGDPが米国の3分の2に近づけば、この国が米国の容赦なきバッシングを受ける。かつての米国による日本叩きは、正に典型的な事例と言える。「米国GDPの3分の2」。これは米国の覇権を脅かす存在を絶対に許さないアメリカの許容の臨界点と言われる。今、中国は、この米国の臨界点を超えようとしている。

 2017年、中国のGDPは前年比6.9%増の82兆7122億元に上る。同年末時点の為替レート1ドル=6.54元で換算すれば、12兆6334億ドルに相当する。IMFのデータによれば、同年米国のGDPは20兆4930億ドルで、中国のGDPが米国の61.6%を占める。

 「米国の凋落」という言葉はマスコミによく使われる。しかし、これは中国に対してのみ適用される。冷戦終結後、日独英仏諸国のGDPの対米国比率は、いずれも大幅に低下し、もう米国の脅威にならない。例えば、かつて米国に危険視され強烈なバッシングを受けた日本は、そのGDPの対米国比率が1992年の58.9%から2017年の23.8%へ急落した。同時期ドイツは32.5%から17.8%へ、フランスは21.6%から12.6%へ、英国19.5%から12.5%へそれぞれ低下した。

 主要国の中で、中国だけはGDP対米国比率が上昇し、1992年の7.5%から2017年の61.6%へと急速に拡大している。言い換えれば、いわゆる「米国の凋落」は、日欧に対しては論外だが、中国に対してのみ言える表現だ。

 さらに、今後10年間、中国経済が年平均成長率6%、インフレ率2%を維持できれば、2028年までに名目GDPは倍増の25兆ドル超に到達する。同時期に米国が年平均成長率2%、インフレ率1%で試算すると10年後の米国GDPは25兆ドル前後にとどまる。言い換えれば、習近平政権3期目終了時点の2028年に、中国経済は米国に追いつくか上回り、世界一のスーパーパワーとなる可能性が高いのである。

 言うまでもなく、米国の覇権を脅かす唯一の国はほかでもなく中国だ。米国は決して中国の持続的な台頭を容認できず、チャイナパッシングはトランプ政権の既定方針だ。米国側が仕掛けた米中「貿易戦争」は、GDPの米中逆転を阻止し、米国の経済覇権を守ろうとするトランプ政権の決意の表れと言えよう。

●米中「経済戦争」の序章に過ぎない

 4月10日、習近平国家主席は中国の海南島で開かれた「アジア博鰲フォーラム」で演説し、金融市場の開放拡大、自動車分野の外資参入規制緩和、自動車輸入関税の大幅引き下げ、知的財産権の保護強化など一連の市場開放拡大措置を約束した。習主席のこの約束は、ある程度で米国の要請に答えた形となっている。トランプ大統領も習主席の約束を前向きに歓迎している。米中双方の歩み寄りによって、「貿易戦争」の懸念は一歩後退したように見える。

 さらに中国政府は4月17日、自動車分野における外国企業の出資制限(合弁企業への出資比率が50%以下)を2022年までに順次、撤廃すると発表した。具体的には電気自動車(EV)が年内に、商用車が2020年に、乗用車が22年に撤廃する方針だ。自動車分野の開放拡大で、中国市場の閉鎖性を問題視するトランプ政権の批判をかわす狙いがあると見られ、中国政府は米中「貿易戦争」の回避に動き出した形となっている。

 しかし、GDPの米中逆転阻止はトランプ政権の既定方針と至上命令である限り、たとえ短期的に貿易戦争が回避されたとしても、中長期的に米中間の技術主導権の争いや経済覇権の争奪は不可避と見ていい。今回の貿易摩擦は米中「経済戦争」の序章に過ぎない。

 今後、トランプ政権は必要と判断すれば、中国へのハイテク技術輸出の禁止、為替操作国の認定、金融制裁、実質的な台湾独立支援まで暴走する可能性もあり得る。仮にこうした極端な対中方策が実施されれば、既存の覇権国家米国と急速に台頭する新興国中国が「ツキジデスの罠」に陥る現実味も帯びてくる。米中激突によって世界経済に与えられるインパクトは図り知れない。

 米国によるチャイナバッシングにどう対応するのか?米中激突という最悪なシナリオをどう回避するのか?今後、経済成長及び中国台頭の継続にどう時間を稼ぐか?習近平政権の手腕がいま問われている。 (了)