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【中国経済論談】
【中国経済論談】
なぜ日本のユニコーン企業は中国に比べ極端に少ないか?

(株)中国ビジネス研究所代表、多摩大学大学院フェロー 沈 才彬

●日本のユニコーン企業は僅か1社、中国59社

ユニコーン企業とは、創設10年以内、評価額10億米ドル以上、未上場、テクノロジー企業といった4つの条件を兼ね備えた企業を指す。

アメリカの調査機関CBインサイダーの集計によれば、2017年12月1日時点で世界に220社のユニコーン企業が存在し、それら企業の評価額の合計金額は7630億米ドルを超える。これら220社の多くはアメリカもしくは中国の企業だ。

 シェアでいえば、アメリカ発の企業は109社で全体の49・5%を占めている。これに続いて中国発の企業が59社で全体の26・8%を占める。

金額ベースでは、中国の企業群に2591億米ドルの評価額が付けられている。この額は全体の34%に相当する。例えば、配車アプリ大手の滴滴出行の評価額が500億米ドル、商業用ドローン世界最大手のDJIが100億米ドル、出前サービス大手の餓了麼が55億米ドル、シェア自転車大手のモバイクが20億米ドル、民泊大手の途家が10億米ドルとなっている。

 一方、日本のユニコーン企業が驚くほど少ない。世界220社のうち日本企業はフリマアプリのメルカリ1社のみで、評価額は10億米ドルである。

 ユニコーン企業が多い国の経済は活気がある。日本は世界3位の経済大国だが、ユニコーン企業が1社のみであり、今の日本経済は実に活気も覇気もない実態が浮き彫りになっている。

 それでは、なぜ日本にはユニコーン企業が極端に少ないのだろうか。

●日本科学技術の地盤沈下はユニコーン企業の不在に繋がる

 先ほど述べたユニコーン企業の条件の1つに「テクノロジー企業である」という条件がある。これがキーワードであると筆者は考えている。つまり、日本の科学技術分野の地盤沈下がユニコーン企業の不在に直結している可能性が高いのだ。

 それを裏付ける厳しい現実は、文部科学省のデータに基づく「世界に注目される論文数の国別割合2013?2015年」や「アメリカが選ぶ共同研究相手国の推移」を見ればよく理解できる。

表1 世界に注目される論文数の国別割合(2013〜15年)

順位  国    割合(%)   10年前順位

1   アメリカ    28.5      1

2   中国      15.4      6

3   英国      6.2      2

4   ドイツ     5.7      3

5   フランス    3.6      5

6   イタリア    3.5      8

7   カナダ     3.2      7

8   オーストラリア 3.1      10

9   日本      3.1      4

10  スペイン    2.7      11

出所)文部科学省科学技術・学術政策研究所。

 日本の文部科学省が公表する「世界に注目される論文数の国別割合」(表1)によると、第1位はアメリカで世界全体の28・5%を占めている。次いで第2位が、世界全体の15・4%を占める中国なのだ。  日本は残念ながら第9位で、10年前の第4位から大きく後退している。逆に中国は第6位から躍進していることが、このデータからわかるだろう。

 同じく文部科学省が公表している「科学研究で米国が選ぶ共同研究相手国」というデータがある。これは、科学技術分野の共同研究でアメリカがどの国を相手として選ぶかをまとめたものだ。共同研究の対象は、化学、材料科学、物理学、計算機・数学、工学、環境地球科学、臨床医学、基礎生命科学の8分野にわたる。

 これらの分野の研究で、アメリカがパートナーとして選んでいるのが表2で示した国々だ。これを見ると、6分野において中国が第1位である。かたや日本は、いずれの分野においても第5〜13位の位置に甘んじている。

表2 科学研究で米国が選ぶ共同研究の相手国

分野      1位  2位  3位   日本の順位

化学      中国  ドイツ 英国  6位

材料科学    中国  韓国  ドイツ 5位

物理学     ドイツ 中国  英国  6位

計算機、数学  中国  英国  カナダ 13位

工学      中国  韓国  カナダ 9位

環境、地球科学 中国  英国  カナダ 9位

臨床医学    英国  カナダ 中国  9位

基礎生命科学  中国  英国  ドイツ 8位

出所)文部科学省のデータにより沈才彬が作成。

注)順位は2013−15年に米国が他国と共同で発表した論文のうち割合が多い国。

 日本の科学技術力の凋落が今後も続けば、日本の学者がノーベル賞を取れなくなる時代が早晩やって来ても何ら不思議ではない。事実、医学生理学賞受賞者の大隅良典氏や物理学賞受賞者の梶田隆章氏は、そうした時代が到来するかもしれないと危機感を露わにしている。

●日中政府規制の相違

 日中間のユニコーン企業数のギャップは、両国における規制の問題も大きく影響している。

 中国は規制が厳しいとよく言われがちだが、実はそうでもないことはあまり知られていない。確かに既存産業分野の政府規制は厳しい。しかし、ネットとスマホの普及に伴い、新しい分野が次々に誕生すると、政府はすべての分野に目配せすることができず、幅広いグレーゾーンが存在するようになった。このグレーゾーンを狙って、民間企業が続々と進出しているのだ。

 グレーゾーンへの新規参入に関し、政府は「先賞試、後管制」という方針を貫いている。これは李克強首相が唱えた言葉で、「まず試しにやってみよう、問題があれば後で政府が規制に乗り出す」という意味である。仮に政府が最初から規制を強めていれば、今日の微信(ウィチャット)はないだろう。そればかりか、ネット通販、SNS、配車アプリ、シェア自転車、出前アプリ、スマホ決済などの新規産業分野でも、今のような活気は見られなかったかもしれない。現在のニューエコノミー分野での民間企業の急成長は、まさに中国政府の「先賞試、後管制」の産物なのだ。

 一方、日本の状況を中国語で表すと「先管制、後賞試」ではないだろうか。つまり政府は「まずは法律で規制して、後から民間の参入を許可する」という姿勢を崩しておらず、中国とはまったく逆の方針を取っている。法整備がなされていないグレーゾーンに参入する日本企業が出てくることは稀で、仮に出てきても「出た杭」としてすぐに打たれるのが日本だ。

 法整備には、立案から法律成立まで数年かかるものだ。法律が成立してから民間企業が参入するのでは、スピード感がまったくでない。いい例が民泊法だろう。長い間、議論と審議を重ねた結果、ようやく成立に至ったが、まだ施行されていない。配車アプリビジネスを活性化させるのは間違いないのにもかかわらず、いくら議論を繰り返しても、白タク合法化の見通しは立たないのだ。日本における民主主義のコストは非常に高いのが現実だ。

●創業者に不可欠の若さとベンチャー意欲

 ユニコーン企業の誕生には若者の旺盛なベンチャー意欲が不可欠である。

 筆者は、日本をリードする中国ニューエコノミー分野9大新企業の創業者の年齢を調べた。結果は次の通り。

◎配車アプリ世界最大手の滴滴出行 鄭維――29歳

◎シェア自転車中国最大手のモバイク 胡いい――32歳

◎商業用ドローン世界最大手のDJI 汪滔――26歳

◎出前アプリ中国最大手の餓了麼 張旭豪――23歳

◎民泊中国最大手の途家 羅軍――43歳

◎通信機器世界大手のファーウェイ 任正非――43歳

◎ネット通販世界大手のアリババ 馬雲――33歳

◎検索エンジン世界大手の百度 李彦宏――31歳

◎SNS中国最大手のテンセント 馬化騰――27歳

 このように、9人の創業者のうち20代4人、30代前半3人、40代前半2人という若さである。さらに言うと、餓了麼の張、DJIの汪は大学時代に創業している。他の7人は脱サラ組だ。これは私見だが、創業する時期は、好奇心が旺盛で新しい分野や外部世界への探求意欲が強い20〜30代が最適ではないだろうか。

 残念ながら、今、創業意欲を持つ日本の若者が少なく、現状に安住しがちな「草食系」若者が増えている。

●ベンチャーキャピタルの役割

 起業意欲を持った若者が少ないということのほかに、ベンチャーキャピタル(VC)の不在という問題点も日本には存在する。

 「ベンチャー白書2016」によれば、2015年度の世界各国のVC投資額は、アメリカが723億米ドル、中国が489億米ドル、インドが118億米ドル、イギリスが48億米ドル、イスラエルが43億米ドル、ドイツが29億米ドル、フランスが19億米ドルという順位になっている。これに対し、日本のVC投資額はたったの7億米ドルで、アメリカの1%未満、中国の1・4%にすぎないのだ。いくら若者が起業したくても、それをバックアップしてくれるVCが日本には存在しないに等しい。

 ベンチャー企業には「九死一生」の鉄則がある。つまり起業しても生存率はせいぜい1割しかない。9割は5年以内に死んでしまうのだ。一度や二度の失敗を寛容する社会風土がなければ、ベンチャー企業の成功はなかなか望めない。ところが、日本社会には失敗をなかなか許さない社会風土が根強くある。

 典型的な事例は2006年、青年創業者の代表格だったライブドア社長(当時)の堀江貴文の逮捕だったと思う。筆者は法律専門家ではないので、懲役2年6ヵ月の実刑判決に関わる合理性についてはわからないが、堀江の逮捕をきっかけに日本の若者たちの創業意欲は急速に低下し、ベンチャー企業の減少、特にユニコーンの減少につながったのは間違いないと思う。

●内向き志向の日本、外向き志向の中国

 中国の大学生に「将来の夢は何ですか?」と質問したとしよう。彼らから返ってくるのは「社長になること」という答えが半分以上を占めるだろう。もしくは、「将来、社長になるために欧米留学をしたい」という答えが返ってくるかもしれない。欧米諸国に留学し、知識や技術、人脈、経験を取得し、それらをステップとして起業したいと考える若者が非常に増えているのだ。事実、中国では今、欧米留学がブームとなっている。

 その一方で、日本の若者たちの内向き志向はますます強まるばかりだ。日中両国のアメリカにおける留学生数の推移からもその傾向の一端が伺える。

 1999年、アメリカにおける日本人留学生の数は4万6872人に上り、ピークに達した。ところが17年後の2016年には、約6割減となる1万8780人になってしまった。

 一方、同じ時期の中国人留学生の数は、5万4466人から32万8547人へと5倍以上の増加を見せている。外国留学生のうち、中国は7年連続で1位を保っており、全体の3割強を占めるまでに拡大した。日本は全体のわずか1・7%で、順位から言えば第8位である。

 日本人の中国への留学数も、韓国人やアメリカ人に比べると大きな開きがある。2016年、中国への外国人留学生は合計で44万2773人だった。このうち日本は1万3595人で、韓国、アメリカ、タイ、パキスタン、インド、ロシア、インドネシア、カザフスタンに次ぐ第9位である。割合では全体の3%に過ぎない。

 このように、日本の若者たちの内向き志向は年々顕著になってきており、現状に安住する傾向が強い半面、ベンチャー意欲やハングリー精神が欠落しているように映る。これはとても心配される社会現象ではないか。 (了)