【中国経済論談】
中国経済の減速はアベノミクスの成否にも影響
中国ビジネス研究所代表、多摩大学大学院フェロー 沈 才彬
(『経済界』2015年12月号沈才彬インタビュー記事)
◆中国経済を見る場合、縦の視点と横の視点が必要に
先日発表された中国の2015年第3四半期GDP成長率は前年同期比6.9%増。09年第1四半期以来の低い水準だ。中国経済が減速しているのは確かである。しかし、中国経済を見る場合、縦の視点と横の視点が必要になる。
縦の視点で言うと、2桁成長をしてきた過去の中国経済の高度成長はもう終わった。ただし、横の視点、つまり世界の主要国と比較すれば、まだ高い成長率を維持している。今、主要国の経済は、米国以外はどこも減速している。昨年の世界経済の増加分のうち、米国の貢献によるものは1割に対し、中国によるものは3割と巨大だ。中国経済を見る場合、この縦の視点と横の視点で見る必要がある。
とはいえ、中国経済の現状は決して明るくない。私は2ヵ月に1回の頻度で、中国の現地調査を行っている。そこから得た実感では、「リーマンショック」時を超える経済減速が起きていると思う。1つは、中国政府当局が実施している金融緩和の頻度から、それは裏付けられる。「リーマンショック」の時、中国経済が減速し、景気刺激策として金融緩和が行われた。具体的には、金利の引き下げと、商業銀行が中央銀行に預ける預金準備率の引き下げを行った。「リーマンショック」時には、利下げ4回、預金準備率引き下げ3回行われた。
ところが、昨年11月以降、利下げはこの10月まで既に5回、預金準備率引き下げ4回が行われている。おそらく利下げと預金準備率引き下げは、年内に少なくとも1回を行われるだろう。
私が主催している中国ビジネスフォーラムでは、10月に上海・杭州・無錫の3ヵ所を視察してきた。この3ヵ所はいずれも景気の下振れ圧力が強まっている。上海など中国東南部の沿海都市では、黒竜江省、吉林省、遼寧省など東北3省から仕事を求めるために来る人が急増している。この三省は今、いずれも不景気に見舞われ、多くの人がリストラされ失業者となっている。当局の発表によれば、今年1-9月、全国31省市自治区のうち、GDP成長率ワースト5に東北三省は顔を揃える。東北地域は国有企業が集積する有数の工業生産基地であり、その景気の悪さから中国経済の厳しさの一斑が窺える。
◆「李克強指数」は中国経済の実態と合わない部分も
中国経済の減速の要因の1つは、車と住宅という二大エンジンが止まっているためだ。裾野が広く、ほかの産業分野への波及効果が絶大だが、ここに疲労感が漂い、牽引力が乏しい。
中国経済は暗いだけかいうと、そうでもない。中国政府はさらなる金融緩和など複数の景気刺激手段を持っている。金利と預金準備率は日米欧に比べ高い水準にあり、今後も引き下げる余裕がある。追加インフラ投資も可能だ。外貨準備高は減少したものの、なお3.55兆ドルあり世界1位を保っている。金融危機の発生は考えにくい。但し、中長期的には生産年齢人口の減少や投資と生産の過剰など構造的問題を考えれば5%、4%成長も視野に入れるべきだろう。
中国の李克強首相は2007年遼寧省書記を務めていた時、経済活動の指標として、GDP成長率より電力消費量、鉄道貨物輸送量及び新規貸出を重視していた。この3つは「李克強指数」と呼ばれる。だが、この「李克強指数」は今の中国経済の実態をそぐわなくなっている。
先ず電力消費量だが、経済の構造変化で、第一次産業、第二次産業の割合が低下し、第三次産業へ比重が移ってきている。伸長著しいサービス業の電力消費量はあまり多くない。貨物輸送量も地域の格差を反映していない。上海市、北京市、重慶市の都市部は自動車輸送が多いため、鉄道貨物輸送量が少ない。一方、遼寧省は鉄道網が発達しているため、鉄道貨物輸送量が割に多い。鉄道貨物輸送量はこうした地域格差の問題がある。従って、いわゆる「李克強指数」はGDP成長率試算の参考にはなるが、基準としてはふさわしくない。
◆中国経済の減速はアベノミクスの成否にも影響
中国経済の減速が日本経済にどう影響するか? 日本の2期連続でGDP成長率がマイナスに転落したのは、「チャイナショック」による日本株価下落率が中国を除く主要国の中で最も高かったことなどから裏付けられる。日本経済は中国依存度が高いからである。
対中輸出は2014年が前年比6%増の13兆3844億円で。これに香港向け輸出4兆円強を加えると、17兆円強で全体の23.6%で第1位。訪日中国人は、2014年に前年比83.3%増の241万人で、台湾(283万人)、韓国(275万人)に次いで3位だが、日本での中国人消費金額は5583億円でダントツの1位だ。今年は人数も消費金額も1位となるのは確実で、中国人の「爆買」消費は日本の景気を下支えしている。さらに対中直接投資のリターン。経済産業省が発表した【通商白書2015年版】によれば、2012年度国別日系企業の日本側への配当金額は、中国の日系企業が約0.33兆円で1位となっている。
中国巨大市場の日本への影響は益々増大している。アベノミクスは円安株高のメリットを除き、経済成長の成果が少ないと言わざるを得ない。アベノミクスの成長戦略も日銀のインフレ目標2%の実現も、中国経済の減速の影響で、大きく目算が狂うかもしれない。 (談)