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【中国経済論談】
【中国経済論談】
中国共産党を経営の視点からとらえてみると見えてくるもの
中国ビジネス研究所代表、多摩大学大学院客員教授 沈 才彬
(沈 才彬著「大研究! 中国共産党」(角川SSC新書、2013年3月9日発売)の「はじめに」より
拙著『大研究! 中国共産党』はこの度、角川マガジンズにより上梓されました。編集部の了解を得て、著書の「はじめに」部分を下記の通り掲載致します。
●はじめに
「中国共産党を経営の視点からとらえてみると見えてくるもの」
多摩大学大学院のMBAコースで「現代中国のビジネスと経営」というテーマで教え始めてから3年目を迎える。経営の視点から中国共産党を学ぶことが講義の主眼だ。
残念ながら、中国共産党はいまの日本の学生たちには不人気な存在ではある。だが、それに反して私の講義を履修する学生の数は少なくない。履修生たちにとって、日々見聞きするマスコミ報道とは違った角度から中国共産党を捉えられることも新鮮であるらしい。
学生たちのこの反応は、実に的確といえる。
中国共産党は、常に2つの側面を内在させている。1つはイデオロギーの側面だ。マルクス主義に立脚する政党として共産主義を信奉しているため、当然ながらイデオロギー色が濃い。しかしその一方で、徹底した現実主義を貫くという、もう1つの側面を持ち合わせている。
これら2つの顔をもつ中国共産党にもかかわらず、日本のマスコミはイデオロギーの側面だけに焦点を絞る傾向があるように思えてならない。一党独裁や言論統制などの問題を重点的に取り上げ、あたかも中国共産党が間もなく崩壊するようなイメージを形成していくのである。
それはそれでいいとしよう。だが1つだけ確実にいえるのは、イデオロギーの側面に偏重して中国を捉えようとすると、正しい理解が得られないということだ。
旧ソ連や東欧の共産政権が崩壊していった歴史の中で、なぜ中国だけが崩壊もせず、急ピッチに台頭しているのか。このことを的確に説明するには、イデオロギーの側面だけでなく、徹底した現実主義を遂行する中国に目を向けなくてはならない。
すでに何年にもわたり、中国の崩壊を題材にしたものが書店の棚に数多く並んでいる状態だ。こうした書籍の代表作は、中国系アメリカ人のゴードン・チャンによる『やがて中国の崩壊がはじまる』であろう。ベストセラーとなったこの本の序文で、チャンは次のように断言している。
「永久に政権を握りつづけると思われてきた中国共産党が、十年、いやおそらくは五年以内に崩壊する」
この書籍が刊行されたのは2001年(日本訳での刊行は草思社)のことだった。それからすでに10年以上の年月が経過した。だが、中国共産党が崩壊することはなかった。それどころか、共産党政権下の中国は驚異的なスピードで台頭してきた。
では、実際に中国はどのくらいの規模で台頭しているのだろうか。まずはGDPの推移を見てみたい。
『やがて中国の崩壊がはじまる』が出版される10年前の1990年、中国のGDP規模は3,878億ドルで、わずか日本の9分の1、アメリカの14分の1でしかなかった。当時、中国の経済力は極めて小さかった。しかしその後、経済の差は徐々に縮まっていった。
00年、中国のGDPの規模は1兆1,985億ドルにのぼり日本の4分の1、アメリカの8分の1にまで成長した。そして10年、中国の経済規模はついに日本を上回るまでに躍進し、5兆9,300億ドルで世界第2位の経済大国の地位を得ることになった。この年、アメリカとの経済規模の差は3分の1強にまで迫っている。
20年前、中国が世界第2位の経済大国になる日が来ることを、世界中で誰が予測できたであろうか。誰も予測できなかったことが今、中国で起きているのである。
一党独裁や人権抑圧などの問題から、中国共産党に対して批判的な見解を持っている人たちは依然として多い。しかしその一方で、中国共産党を高く評価する人たちがいるのも事実である。
12年5月19日付の英『フィナンシャル・タイムズ』が、「中国共産党 アメリカCEOの手本」を題した記事を掲載し、あるアンケート調査を発表した。調査を実施したのは、ニューヨークに本部を置く国際組織「世界大型企業研究会」だ。
アンケートの対象者は、アメリカ大手企業のCEO70人である。
彼らに対する質問の中に、「世界の組織の中で、どの組織がその職責に相応しい働きをし、評価されるべきか」というものがあった。
この設問に対し、最多である9割の回答を集めたのが、アンケートに答えたCEOたちが所属する多国籍企業である。その理由は、経済危機と金融ショックに効率的に対応したからだという。
次に多かったのは、中央銀行、即ち米国連邦準備制度理事会(FRB)だった。効率的であるという理由から、80パーセント弱が名前を挙げた。
そして3番目に多かったのが、中国共産党である。なんと64パーセントが中国共産党と回答している。アメリカ大統領が33パーセント、アメリカ議会がわずか5パーセントだったことから考えても、かなり高い評価を得たといっていいだろう。
中国共産党が選ばれた理由は次の2点だ。1つは、政治・経済の挑戦に対応する能力があるということ。もう1つは、長期的な視野に立脚した政策策定を実行していることだ。
「我々は、中国共産党の一部の政策については決して好ましいとは思わない。ただし、少なくとも彼らは、何を目指していくのかは明確にしている。逆にアメリカ政府の問題は、政策がいずれも短期的なもので、次に何が起きるのか誰も知らない点にある」
アンケートに答えたCEOの1人は、このようなコメントを残している。
中国経済は依然として好調だ。11年、中国のGDPは7兆4000億ドルを記録し、アメリカのGDPの約半分となった。これは日本より1兆5445億ドル多い額であり、2011年の1年間だけで、中国のGDPは前年比で1兆4000億ドル増加した。
1兆4000億ドルという額は相当なものだ。2010年世界のGDPランキング11位であるロシアの経済規模は、1兆4000億ドル台である。つまり、11年の1年間だけで、中国は、世界第11位のロシアの国家経済規模に相当する経済成長を実現したことになる。
12年、中国の経済規模はさらに8兆2000憶ドルまで膨張し、ドイツ、フランス、イギリスなど欧州3ヵ国のトータルに相当するまでになった。
中国の経済成長を実感させるもう1つの実例を、ミクロな視点から紹介したい。自動車にまつわる話だ。
私が日本に来て住み始めたのは89年のことだが、そのころ、中国国内を走る自動車の数は非常に少なかった。街を走っているのは、車ではなく、自転車ばかりだった。
当時の中国は「自転車王国」といわれていた。交差点では赤信号が青に変わるのを待つ自転車が幾重にもなって固まりとなり、信号が変わると一斉に走り出す光景があちこちで見られた。
そんな時代、とくに乗用車は、人間の身分の象徴といわれる存在だった。つまり、乗用車に乗っているという事実、さらにどんな車に乗っているのかということが、その人の社会的な地位を表していた。
乗用車は最低でも、政府の局長クラス以上でないと乗れなかった。私の故郷は江蘇省海門市だが、60年代、ここにはたった1台の乗用車しかなかった。つまり、市の書記と市長しか乗ることができなかったのだ。その後、大学進学のために北京に行き、20歳にして生まれて初めて自動車というものを見た。
状況は徐々に変わっていった。
1990年、新車販売台数は55万台へと伸びた。だが、同時期の日本での販売台数は777万台である。55万台という数字は日本の14分の1、アメリカの25分の1の規模であり、比較の対象にならないほど中国の自動車市場は小さかった。
それが2011年になると、中国の新車販売台数は1850万台にまで膨れ上がる。これはアメリカより約600万台多く、日本の数字の4倍強に相当する。わずか20年で、中国は一躍して世界最大規模の自動車消費大国になったのである。
中国経済は今、巨漢の風格を見せ始めている。『やがて中国の崩壊がはじまる』の著者ゴードン・チャンの予測に反し、中国は崩壊せず、急ピッチに成長した。崩壊したのは、チャンの唱える「中国崩壊論」のほうであった。
では、なぜ「中国崩壊論」は崩壊したのだろうか。
その理由はやはり、中国共産党のイデオロギーの側面だけに注目し、もう1つの顔である「徹底した現実主義」の側面を無視し続けたからであろう。 中国共産党は、イデオロギーのみに固執した集団ではない。マルキシズム(イデオロギー)に立脚しながらも、貪欲に資本主義の手法を取り入れ、現実主義の実践を徹底させている。それを認識できなかった点が、「中国崩壊論」の崩壊の最大の理由であろう。
2011年、中東地域で「アラブの春」といわれる民主化運動が広がり、次々に独裁政権が崩壊した。これを受けて、再び中国共産党もそろそろ崩壊するのではないかと、妙な期待感を込めて予測する人たちが増えた。
ただし、共産党はそう簡単に崩壊しないだろう。なぜなら、冷徹な現実主義を貫き、柔軟性を持っているからである。
中国の実質上の経営者である共産党は、30年以上の長きにわたり年平均で10パーセント弱の経済成長率を達成してきた。これほどの高度成長を維持できたことは、経営の視点から見れば、共産党は立派な経営者であるといわざるを得ない。そうした共産党について様々な側面から検証し、高成長の背景を探ることは興味深いテーマのはずである。
中国共産党はどのようにしてトップを選んでいくのか? 組織運営における危機管理はどのようになされているのか? 長期成長戦略はどのように策定されているか? 人材確保、人材育成はいかに行われているのか? これらの視点から、中国共産党という巨大組織をとらえ、その「強み」と「弱み」は何か、現在抱えている危機は何かを考えていくことは、中国に関心を持つ読者の好奇心をかきたてるはずである。
もちろん、本書では尖閣諸島問題をはじめとした日中関係にも触れていく。中国の存在が今後も大きくなれば、おのずと日本は対中戦略において厳しい状況に立たされることが多くなる。日本の読者にとってあまり心地がよくない事柄も述べることになるが、そうした現実もあるということを直視していただきたい。
尖閣諸島問題に関しては、相手の主張を知ることも大切であるという考えに立ち、中国側の見方を紹介していくつもりだ。尖閣諸島を巡る中国の行動の背景を理解する一助になればと思う。
最終章では、「共産党が野党になる日」について述べていく。世界の歴史を振り返れば明白なように、一党独裁を永続させた国はない。いずれ中国にも民主主義体制が導入され、共産党が下野する日が訪れる。そのことに関してもしっかりと取り上げていく。
私は中国で生まれ育ち、しかも革命中国樹立後、毛沢東思想というイデオロギーのもとで教育を受け、改革開放後はケ小平による現実主義路線のもとで教育を受けてきた。
その後1989年に日本に来日し、93年に三井物産戦略研究所に入所した。所長である寺島実郎氏に厚く信頼され、01年からは戦略研究所で中国経済センター長を8年間務めさせていただいた。その間、中国経済と政治についての研究に専念してきた。08年からは多摩大学学長も務める寺島氏の懇意により、同大学の教授として教壇に立つことになった。当然ながら、長い年月を過ごす日本への愛着も深い。
来日してから20年以上の間、私は頻繁に日本と中国を往復し、現地調査を重ねてきた。この20年間の激しい変化、凄まじいほどの躍進ぶりを目のあたりにしながら、常に「なぜなのか」を問いかけ、思考を繰り返してきた。
私の姿勢は、独自のルートで得た情報をもとに、独自の分析を加えて、できるだけ信憑性の高い情報、また客観的な見方を読者に伝えていくことに尽きる。本書が、日本の読者に今の中国共産党の本質、および実態を理解する手助けになれば、著者として望外の喜びである。
目 次
はじめに
「中国を経営の視点からとらえると見えてくるもの」
第1章 習近平体制の誕生秘話と次期候補
第2章 中国共産党はなぜ崩壊しないのか
第3章 薄熙来失脚の知られざる真相
第4章 日本人の知らない中国共産党の国家マネジメント
第5章 日本とは違う中国共産党の危機管理
第6章 中国が明かしたくない問題と弱み
第7章 日本企業が中国市場で生き残るために
第8章 中国の尖閣諸島問題に対する本音
第9章 中国外交とアメリカの思惑
第10章 中国共産党が野党になる日
おわりに
「中国がアメリカを凌駕する日」