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【中国経済論談】
【中国経済論談】
「親米睦中」−日本の取るべき外交戦略

多摩大学大学院客員教授 沈 才彬
陸上自衛隊機関誌《修親》2012年5月号

  • なぜオバマ大統領は一般教書演説で5回も中国を言及したか?
  • 台頭する中国とどう向き合うかがアメリカの重要課題
  • 米中衝突は起きるか?
  • 日本の取るべき外交戦略は「親米睦中」
  • ●なぜオバマ大統領は一般教書演説で5回も中国を言及したか?

    2012年1月24日、アメリカのオバマ大統領は一般教書演説を行い、中国に関して5回も言及した。いずれも米中貿易摩擦に関する内容で、中国をけん制する意図は明白だ。

    1回目は、「中国でのビジネスコストが高くなり始めている。今や製造業を取り戻す絶好のチャンスだ」と述べ、製造業の米国内への回帰を呼び掛ける。

    2回目の言及は米中貿易摩擦に関するものだ。「我々は提起した、中国を対象とするアンチダンピング貿易案件は前政権の約2倍に相当し、効果が出はめている」と。

    3回目は、アンチダンピング案件の具体例に言及し、「我々は急増する中国製タイヤの輸入に歯止めをかけた結果、1000人以上のアメリカ人に働くチャンスを与えた」と、実績をアピールした。

    4回目の言及は、「ルールに従わない対手には遠慮しない。中国のような国の不公平貿易を調査する貿易是正部門を設置する」と、今後さらなる対中強硬措置の発動を明言した。

    5回目は、「私はグリーンエネルギーに関しての約束を諦めない。風力や太陽エネルギー産業を中国やドイツに譲らない」と強調した。

    オバマ大統領の中国批判・けん制発言は1980年代の日米貿易摩擦を連想させるが、違うのは今回の対象は日本ではなく中国である。嘗て激しく批判された日本に対しては、言及さえなかった。しかも3年連続だ。同盟関係でありながら、日本に対するアメリカの無関心ぶりが注目される。

     実は去年の一般教書演説でも中国を4回言及した。ただし、去年の言及は中国の教育、研究・開発、インフラ整備などを評価する内容で、中国を非難するものではなかった。

     なぜオバマ大統領は中国評価から一転して中国非難・けん制に姿勢を転換したのか?その背景には「3つの9%」という数字がある。

     1つ目は中国の経済成長率。2011年は9.2%で前年より若干減速したものの、依然として高成長が続いている。

     2つ目はアメリカの対中貿易赤字だ。2011年、アメリカの対中貿易赤字は史上最高を記録した2,955億ドルに達し、前年に比べ9%弱を増加した。中国向けの貿易赤字は全体の4割も占める。

    3つ目はアメリカの失業率で、2011年は9%前後で推移し、厳しい雇用情勢が続いている。

    アメリカから見れば、この「3つの9%」は相関関係にある。中国は人民元過小評価や輸出補助など不公正な手段で対米輸出を拡大し、高度成長を維持し、結果的には「アメリカの雇用が中国に奪われる」ことになる。

    これまでの経験則だが、失業率9%の下で現職大統領が再選する前例がほとんどない。今年はアメリカ大統領選挙の年であり、再選の危機に直面するオバマ大統領は、国内世論を無視できず中国に対する苛立ちを隠せない。

    ●台頭する中国とどう向き合うかがアメリカの重要課題

     しかし、筆者はこの「3つの9%」に対するオバマ大統領の苛立ちが表の理由に過ぎず、深層底流の理由は中国の急速な台頭に対するアメリカの危機感と焦燥感にあると見ている。

     筆者は北京から来日し、日本に定住し始めたのは1989年である。その時、中国の経済規模は小さく、日米とは比べ物にもならなかった。1990年、中国のGDPは僅か3878億jで、日本の8分の1、アメリカの15分の1に過ぎなかった。

    ところが、10年後の2000年、中国のGDPは日本の4分の1、アメリカの8分の1となり、日米との格差をかなり縮めました。さらに10年後の2010年、中国の経済規模は5兆9300億jに達し、一気に日本を逆転し、アメリカに次ぐ世界第二位の経済大国になった。

    米中央情報局(CIA)の最新データによれば、2011年の中国GDPは、7兆4260億jに達し、日本の1.2倍、アメリカの5割弱に相当する。去年1年間の増加分が1兆5000億jにのぼり、同年世界GDPランキング第10位のロシア(1兆4769億j)、11位のインド(1兆4300億j)の経済規模に匹敵する。

     このように急ピッチで台頭する中国とどう向き合うかがアメリカにとって、21世紀の最重要課題の1つとなっている。

    ●米中衝突は起きるか?

     アメリカのオバマ政権は、世界戦略の重心を欧州・中東地域からアジア・太平洋地域にシフトする姿勢を明確にしてきた。その背景には、次の3つの要素が考えられる。@シェールガス開発技術の進歩によって、中東地域に対するアメリカのエネルギー依存度は急速に低下し、欧州・中東地域の重要性が相対的に低くなったこと、Aアジアが世界の成長センターとなり、アジアダイナミックスから最大限にそのエネルギーを吸収すること、B急速に台頭する中国をけん制すること。

     そこで、世界の超大国・アメリカとアジアの覇者・中国の間に衝突が起きるのではないかという懸念が浮上する。

    それでは米中衝突は本当に起こりうるか? 筆者は、米中衝突は双方の国益にかなわぬため、当面はないと見ている。

     まず中国側の立場から見よう。急速な台頭を遂げた外的要因が、良好な米中関係と平和的な国際環境の維持にあると思われる。この点は中国の指導部もわかっている。筆者が中国社会科学院大学院修士課程在学中の1979年に、中国最高実力者・ケ小平氏はアメリカを訪問し、米中国交樹立を実現させた。帰国の飛行機の中で、同行した李慎之中国社会科学院副院長はケ氏に、「なぜ我々は米中関係を重視しなければならないか」と質問した。

     ケ小平氏は答えた。「過去数十年間、アメリカと良い関係を保つ国は皆豊かになった」と、極めて明快で現実主義のものであった。言い換えれば、中国は豊かになるためには、アメリカとの良好な関係の確立が不可欠だとケ小平氏が判断したのである。強固な日米同盟は日本の国益であるように、良好な米中関係も中国の国益だ。ケ小平氏の発言は今の米中関係の原点と思われる。

     ケ小平氏訪米から10年後、中国では「天安門事件」が発生した。アメリカ政府は対中軍事制裁と経済制裁を発動し、米中関係は厳しい試練に直面する。ところが、ケ小平氏は「信頼増加、麻煩(トラブル)減少、交流強化、対決回避」という「対米16字方針」を打ち出し、この試練を乗り切った。最もコアの部分は正に「対決回避」にある。その後、江沢民体制や胡錦濤体制に変わったが、トップが変わっても、この「対米16字方針」はまったく変わらず堅持されてきた。今秋、5年に一度の党大会が開催し、習近平体制が誕生する。習氏も間違いなくこの方針を踏襲するだろう。

     一方、米中衝突はアメリカの国益にもかなわない。現在、中国はアメリカの最大の債権者(米国債の持ち主)であり、重要な貿易相手国と直接投資先である。米中経済は互いに深くビルドインされる。現在、アメリカの対中貿易赤字の多くは実に中国企業によるものではなく、アメリカ企業によるものだ。「米中貿易」の形をとっているが、実質は「米・米貿易」である。つまり中国に進出するアメリカ企業とアメリカ国内の企業との取引である。この点は冷戦時代の米ソ関係と根本的に違う。米中衝突は世界経済のみならず、アメリカの経済と民間企業にも大きな打撃を与えかねない。アフガンとイラクという2つの戦争によって疲弊したアメリカは今、中国と正面衝突する余裕さえない。

     要するに、米中両国は双方の国益によって、対立があるが(例えば、人権問題など)、対決には至らない。今年は大統領選挙の年であり、中国問題が争点の1つとなっており、アメリカによる「チャイナ・バッシング」は起こる。しかし、貿易摩擦が増えても、貿易戦争や金融戦争に発展しない。米中衝突は、当面はないと見ていい。

    ●日本の取るべき外交戦略は「親米睦中」

     急速に台頭する中国とどう向き合うかがアメリカのみならず、日本にとっても重要な課題である。

     中国と向き合うために、日本は2つの問題に対する正しい認識を持たなければならない。1つは中国の支配者である中国共産党をどう認識するか、2つ目は日本の国益は何かである。

    中国共産党は二つの側面を持つ。イデオロギーの側面と徹底した現実主義の側面。マスコミは一般的にイデオロギーの側面だけに注目し、徹底した現実主義の側面を無視しがちだが、イデオロギーの側面だけでは中国の急速な台頭を説明できない。

    我々は中国共産党が徹底した現実主義の集団であることを認めなければならない。ベルリン壁崩壊後、旧ソ連や東欧諸国の共産党政権が相次いで崩壊するなか、同じ共産党政権の中国は崩壊するどころか、急ピッチで台頭できたのは、彼らが徹底して現実主義の路線を歩んできたからだ。その代表的な人物はケ小平氏で、彼は「黒い猫でも白い猫でも、ネズミを捕れる猫が良い猫だ」という「猫論」の下で、社会主義の看板を掲げながら、資本主義の手法を導入し、硬直化した社会主義制度を是正してきたのである。ケ小平氏本人の言葉を借りれば、「実は、私は資本主義に学んで、社会主義を良くした」のである。

    共産党一党支配の行方につき、次の3点を指摘したい。一つは中国共産党が簡単に崩壊しない。二つ目は共産党一党支配が永続しない。三つ目は将来、中国は共産党一党支配から民主主義体制へ移行するが、相当な時間がかかる。

    次は日本の国益が何かに触れたい。日本はアメリカと同盟関係にあり、日米同盟は日本外交・安保の基軸であることは言うまでもない。一方、経済的には日本の最大の輸出先は中国であり、香港を含む中国向けの輸出は全体の24.9%を占める。対米輸出は15%しかない。中国の巨大市場を抜きにしては日本の景気動向も産業発展も語れない。中国と良好な関係を維持し、中国ダイナミズムからそのエネルギーを最大限に吸収することも日本の国益である。

    従って、安保ではアメリカに依存し、経済的には中国に依存する日本にとって、アメリカ一辺倒ではなく中国一辺倒でもない、「親米睦中」(アメリカと親しく、中国と仲良く)というバランスの取れた外交戦略は最も日本の国益に相応しいものと思われる。

                      (了)