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【中国経済レポ−ト】
【中国経済レポ−ト】
なぜ朱鎔基前首相は日本の子供たちの行動を絶賛したか?

多摩大学教授 沈 才彬

(日本経営合理化協会「社長のための中国経済コラム」第14話(2011年5月16日配信)

2011年4月24日、中国大学の名門・清華大学は成立100周年を迎えた。清華大OBの胡錦濤国家主席、習近平副主席、呉邦国全人代委員長(日本の衆議院議長に相当)ら中国のリーダーたちは人民大会堂で開かれた記念大会に揃って出席し、胡氏は演説も行った。

このなか、同じ清華大学OBの朱鎔基前首相の動静は特に注目される。1951年に清華大電機学部を卒業した朱氏は、1984年に当時国家経済委員会の副大臣を務めながら同大学経済管理学院長を兼任した。その後、上海市長、書記、副首相、首相を歴任しながらも、2003年まで約10年間にわたって院長の兼任を続けてきた。母校に対する朱鎔基氏の深い感情は容易に想像できる。

2003年3月に朱鎔基氏は首相のポストから退き、以降、「一介草民」と自称し、「不在其位、不謀其政」(そのポストにおらぬものはその政治も謀らず)の姿勢を崩さず、公の場に一切姿を見せずに「隠居生活」を続けてきた。

ところが、彼の母校成立100周年記念の前々日の4月22日に、84歳の朱鎔基氏は清華大学経済管理学院を訪れた。学生たちの熱狂的な歓迎を受けた朱鎔基氏は、その人気ぶりは今も健在のようだ。

清華大学にいる知人から入手した情報によれば、朱鎔基氏は学生たちとの会話集会での談話の中で、次の2点が特に意味深長で注目されている。

一つ目は、大学生たちに対し、「『真話』(本当のこと)、『実話』(事実のこと)を言うべきであり、嘘の話、大げさの話、空論ばかりの話をすべきではない」と強調した。

二つ目は、「お金を義務教育、基礎教育に投入すべき」と指摘し、「日本大地震の際、大混乱の状態においても子供たちでさえ冷静に対応した。国民の素質の向上は、(日本のように)義務教育に力を入れることから始まらなければならない」と強調した。

それでは朱鎔基前首相はなぜ日本の子供たちの行動を絶賛したのか?

実は、子供も国民の一部であり、彼らの言動は国民全体の素質を反映するものである。東日本大震災の際、日本国民は冷静かつ秩序ある対応を見せ、世界各国から高く評価されている。中国でも日本国民の対応を絶賛する声が後を絶たない。大地震発生時、筆者はちょうど中国出張中で、政府の役人も学者もタクシー運転手も口を揃えて日本国民の素質の高さを絶賛した。

一方、中国では福島原発事故の発生を受け、「ヨウ素を含む塩は放射能防止作用あり」というデマは飛び交い、各地のスーパーでは塩買いだめの長蛇の列ができ、売り切れの店も続出したパニック状態が発生した。日中国民の素質の格差が歴然だ。

昨年、中国のGDPは初めて日本を逆転し、世界第二位の経済大国になった。一部の中国人は有頂天になり、自信過剰や驕りなど傾向が出ていることも事実である。朱鎔基前首相はこうした傾向を心配・警戒しているようである。

確かに、中国の経済規模が日本を上回ったが、国民の素質が日本に追いつくのはまだまだ時間がかかる。今回の日本大震災・原発事故を巡る日中国民レベルの対応は実に、両国の国民素質の格差の反映とも言える。朱鎔基前首相は日本の子供たちの対応を絶賛したのも、こうした日中国民素質の格差を直視した発言であり、中国国民への戒めでもあると、筆者はみている。

(2011年5月16日配信)